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2014年10月21日 (火曜日)

【過去記録】BRM925 宇都宮 400km 奥只見

 koji さんのブログで思い出した,数ある中でも印象に残っているブルベ。こっちに過去記録として再掲しておく。ちなみに,2010 年のことだった。紅葉だったら素晴らしいだろうなと思ったことを覚えている。紅葉の時期に,また,走ってみたい。今度は,天気のいい日に一泊二日くらいの日程で(笑)。

BRM925 宇都宮 400km 奥只見 完走記

2010年9月25日 am 1:30 Start ~ 9月26日 am 0:31 Finish (23 h 01 m)


「アヴァンチュリヲン進撃登坂:急+?」ブルベ

Map201008

 2002年に日本で初めて開始されるや,その圧倒的なスケールと認定を積み重ねていく構造で,
ブルベという枠を超え,サイクリストに一大ムーブメントをおこした認定記「ブルベ・ド・ランドヌール」。
それから8年,いまもなお増え続けるファンのために、今回大幅にスケールアップされた新たなコースが用意された。
 前編にあたる「序」,中編にあたる「破」は8月に連続開催。
そしてラストは後編にあたる"急"と"?"というタイトルが表すとおり,
いまだその運営スタイルは明らかでない完結編の400km。
人影無し,民家なし,洗い越し多しの酷道「樹海ライン」に2年前の1000kmの後半コースを重ねる。
「いったいどうなる? 驚きと興奮の400km。」from AJ 宇都宮 HP

Profile201008

BRM925 宇都宮 400kmのプロファイル(今はルートラボもトンネル対応なので多分実際の獲得標高も 6000m 程と思われ,..)

今シーズンの締め括りブルベ

 いよいよ今期の最終ブルベ。そして,多分今シーズンのブルベの中でもかなりきついコース設定に入るブルベ。AJ 宇都宮のスタッフで,かつ経験豊富な坂東さんをして『AJ宇都宮史上1,2を争う難コース』と言わしめるコース。そして「序破急」と銘打たれた山岳三部作の最終編である。

 そもそも「序破急」とはなにか? 大辞林によれば,雅楽や能,浄瑠璃などの構成スタイルを表す表現で,様々なところに使われるという。今回のブルベの「序破急」に関して,もっとも当てはまる解釈は,以下のようなものだろうか。

楽曲構成・番組編成・演出などの理念上の三区分。上演の時間経過に伴う趣向変化の典型を想定したもので、序・破・急は導入・展開・終結とみなせる。能・浄瑠璃の脚本構成、能の五番立の番組などがこの理念による例である。  
   

つまり,今回のブルベは「終結」を意味する。大団円を迎えるのか,あるいは奈落の底なのか,神のみぞ知るところ。今シーズンを締め括るための一本としてふさわしいじゃないかと,秋分の日の休日に一人コマ図を切り出して,ラミネート加工しながらつぶやいたとさ(笑)。でも,8月の塩原および日光山岳が,どういう意味で「導入」であり「展開」だったのかは,いまだナゾのままである(笑)。そして,愛称に付いた「+?」の意味もまたナゾのままである。今回のブルベを走り切ってみれば明らかになるんだろうか?

 ところで,出発前日に AJ 宇都宮のスタッフの方からのメールマガジンで,今回のブルベのコース設定についての裏話のようなものが届いた。主催者側の葛藤が感じられる文章であり,主催者の方々はコース設定に,そして参加者の安全に対して,ここまで考えているということをご理解頂くために一部転載してみる(不都合あるだろうか?要転載許可取得?もし,AJ宇都宮の方がこれを見て不都合ありと判断されましたらご一報下さい)

 実は今回のルートは、一昨年のコース申請時に一度AJに書類を提出していたのですが、国道352号の檜枝岐から魚沼にかけての区間が、住む人もほとんどいない秘境とも言える地帯であるということで、何度も逡巡した結果、最終的に申請を取りやめたという経緯があります。このコースはサイクリストとしては非常に魅力的なのですが、主催者として複数の参加者を走らせるとなると非常に勇気がいります。人は住んでいない、携帯電話も通じない、経路上の補給もほとんど期待できない、そんな区間が数十キロも続くのです。(中略)何かトラブルがあった時のことを考えると・・・。そんなコースを敢えて今年は開催しようと決断できた理由は、やはり昨年の夏の日光山岳ブルベの開催(しかも300kmの後の連続開催)の際に、参加者の皆さんの雄志に勇気づけられたということが大きいと思います。厳しい条件でも、厳しいコースでも、経験豊富なランドヌールなら心配なく自己責任でブルベを全うしてくれる。(以下略)  
   

 ブルベ開催に対する,真摯な気持ちが伝わってくる。ここまで考えて頂けたのなら,雨だろうが台風だろうが走らねばならん。主催者の気持ちに応え,安全に確実に距離を踏んでゴールせねばならんと固く誓ったのだった(笑)。

例によって準備編

 今回の使用マシンは COPPI 。COPPI に乗るのは,6月の 600km ブルベ以来だ。たしかにフレームは COLNAGO に比べてかなり重いし,太めのスポークと DT のリムの組み合わせの手組みホイールも重い。さらに,ハブダイナモを導入しているせいで,他のホイールの場合と比べて走行抵抗が増えているのは自覚できる。それでもこのマシンを使うのには理由がある。それは長距離のブルベだと,体調に応じて,ポジション(主にハンドルの高さ)をある程度変えたい場合があり,ボルトと臼タイプのステムを使っている COPPI の方が,ポジションに関する自由度が今風のロードレーサーに比べて高いからである。これまでもステムを 5mm 上げることで腰痛,肩の凝りなどが緩和して楽になったことが何度もある。200, 300km だと,我慢して勢いで走ってしまえるが,400km 以上だとかなりのダメージを受けることがある。加えて,アルミフレームとクロモリフォークの組み合わせが,どこか身体に優しい感じがしている。#知り合いは,「よくあんな固いフレームに,..」と言うけど。

 スプロケットは 16 - 27T を選択。レースではないので,平地では15T 以下を踏むことはないだろうし,降りでも脚を止めて休むのでやはり 15T 以下は必要なし。長い登りが何度も現れるコースでは,20T 付近がクロスになっている方が重要である(と思っている)。

 ライトは,自分としては最早定番の,匠光学(ハブダイナモ駆動)+ KingpowerK2(単3電池2本)の2本(合計6W)。暗闇の山間の道だろうとどこだろうと,この二つがあればまず問題なし。普段の夜間は匠光学一発で走っていて,降りなどで KingpowerK2 を点ける。

 天気予報によれば,24日の深夜から25日の午前中くらいは雨の確率が高い。しかも,数日前の猛暑日がウソのように一気に気温が低下して,秋を通り過ぎ,初冬といってもいいほどの気温になっている。平地でも低温,コースの標高が高い(1000 ~ 1500m が何箇所かある),そして雨とくれば,これまでも何度か経験している「寒」&「凍」ブルベとなってしまう。そんな訳なので,軽量で保温性に優れたウェアの組み合わせを考えていく。で,結果は,..

 昼間あるいは気温が15℃以上の場合:半袖アンダーに半袖ジャージ,アームウォーマーにレッグウォーマー,指切りグローブ
 夜間あるいは気温が10℃以下の場合:ウィンドブレーカ,指付きグローブ(XCスキー用の奴),長袖アンダー,裏起毛の長袖ジャージ
 雨の場合:ゴアの雨具の上だけ(下はコンビニで購入),足元はビニールの買い物袋+ビニールテープによる簡易シューズカバーで対処

 これらを適宜組み合わせる。これらのウェア類に加えて,携行するものは,乾電池(単3×6,単4×2),塗り薬,痛み止め(ロキソニン),予備チューブ2本,携帯工具,携帯工具とは別のアーレンキー数本(4, 5, 6mm),携帯ポンプ,パンク修理用のパッチ,ガムテープ(2m ほど他のものに巻き付けたもの),ビニールテープ,レジ袋数枚,タオル,補給食などである。特に,今回は補給食調達不可能区間がかなりあるので,そこそこの量の補給食を携帯する必要もある。そうなると,シートピラーバッグでは流石に容量不足なので,ザックを背負うことにした。上記の荷物を詰めてみれば,約3キロ程度だろうか。背負っていてもギリギリ負担にならない重さである。

 さて,出来れば9月24日の金曜日は仕事をお休みして,午後からたっぷりと睡眠を取るのがベストだったが,世間はなかなかそれを許してくれない。が,せめてもの抵抗として4時頃に退出して(裁量労働制万歳!),最後の準備を済ませてから,軽く食事をして6時頃に少し横になってみた。こんな時間にはなかなか寝付けないが,それでも30分程眠ったらしい。その後はウトウトしては覚醒を繰り返し,結局7時半頃には起き出した。今回も出走前の仮眠は失敗。実質的な睡眠時間としては,いいところ40分くらいか。400km 以上のブルベでは,出走前の仮眠が十分に取れるかどうかは,走行時の後半のパフォーマンスに大きく影響する。これまで何回か同じ経験をしている訳だが,夜スタートのブルベで出走前の睡眠をうまく取れたことは2回くらいしかない。で,経験的に,「ああ,どっかでスイマの猛攻撃がくるんだろうなぁ,..」と,コースのきつさや天気の崩れよりも,そのことの方が憂鬱の種になる。眠くさえならなければ,雨が降ろうが坂ばかりだろうが,なんとかなる(はずだ)。

 8時半頃に,例によって市内で pokky 氏をピックアップして,東北自動車道を一路宇都宮へ。今日は平日だが,高速料金は千円だ。これは助かる。バカ話に華を咲かせつつ,今度はちゃんと宇都宮 IC で降りた。が,出口を間違えてまた余計な距離を走ることに。どうも,車の運転は(も?)苦手だ。今度からちゃんとナビを機能させておこう。

 途中のコンビニで補給食を買い出しして,スタート地点の宇都宮森林公園に到着したのは11時40分頃。既に,かなりの数の参加者が集まってきている。@HEIZOSUN,楽山さん,masa(茨城)さん,S@石巻さん,K田さんなどとご挨拶。へばなさん,K関さんは少し遅れて来た。そして,今回初めて言葉を交わした方が,@atkamano さん。今月初めの千葉ブルベで落車して親指の靭帯を傷められたものの,先だっては恵庭 600km に参加して完走された強者。もう,指の方はほとんど大丈夫らしい。同じように5月に落車して右手親指靭帯を傷めたナデラ男の方は,いまだに長い距離の後は痛む。

Start 9/25 am 1:30 ~ PC1(ココストア会津高原店)76.2km, 9/25, am 4:53

 スタートは午前1時半の予定。このスタート時間は,樹海ラインと六十里越を明るい時間帯に通過してもらうためらしい。

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 1時頃からブリーフィング

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ここら辺はとても一緒には走ることの出来ない特急強者グループ。リクイガスジャージが HEIZOSUN

 上空には雲が掛っているものの,幸い,まだ雨は落ちてきていない。気温は14℃程度とウェア選択が難しい状況。上は,半袖インナーと半袖ジャージにアームウォーマにして,レッグウォーマをどうするか悩む。HEIZOSUN はしっかり着用。現状ではなくても走行可能ではあるが,.。迷った揚げ句に途中で着ける面倒さを回避するために着用する。結果的に正解だった。出走者は40名前後なので,今回は一斉スタートらしい。1時半になって一斉にスタート。

 もう,最初からゆったりペース。速い方々は鶴 CC の丘を跳ぶように駆け上がって,テールランプの幻想的な赤い光の筋を残し,あっという間に見えなくなった。

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 R293 から県道22に入り,鞍掛トンネルを越えて集団は進む。県道279から,やがて R121 へ。台風の影響で結構強い向かい風が吹いている。時折,風が巻いて,ひどい場合にはホイールがあおられる。前方には赤いテールランプがいくつか見え,後方確認で,後ろを振り返ると何台もの自転車の強烈な前照灯の光が揺れていて,一種独特の雰囲気を醸し出している。夜中の2時過ぎである。時折抜いていく車の運転手に,「一体,なんの宗教団体だ?」と思われても仕方あるまい(苦笑)。

 鬼怒川温泉,新藤原,川治温泉を経由して,やがて五十里ダムへの登りに掛かる。この辺りまではS@石巻さんとご一緒した。山王トンネルへの登りで離れたような,..中三衣辺りで先行していたK田さん,K関さんをパスしたような,...地理に関しては定かではないけれども。

 途中,かなり多くの車に抜かされる。こんな夜中にこいつらどこに行くんだと自分のことを棚に上げてブツブツとつぶやいていたが,PC1 でその理由判明。釣りだ。渓流釣りのシーズンは9月一杯まで。そんな訳で,まだ真っ暗な早朝ならぬ真夜中に現場に急ぐ車が多かったというのが理由らしい。

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国道だんご3兄弟の県境の山王トンネル(生憎,トンネルは写らず)

 五十里ダム付近から,時折水滴が顔に当たっていた。山王トンネルまでの登りに掛かった頃からはっきりした霧雨状になり,トンネル手前辺りから,次第に小雨になり,トンネルを越えたら激しくはないものの本降りになった。トンネル出口から眺める先の道はハードウェットで,よほど停車して雨具を着けようかと思ったが,まあ,直ぐに PC1 だからと,そのままで降りに入る。が,雨足が本格的になり,路面からの跳ね上げでシューズも濡れてきた。結局,結構濡れた状態で PC1 のココストアに到着。途中の電光掲示板の温度計の表示は9℃だった。冷えきる前に辿り着いたのだが,かなり寒い。先行きが案じられる展開である。

 PC1 には椅子とテーブルのある休憩スペースが設置してあり,テーブルでは参加者が食事をしたり,食事を終えた参加者は,これからの低温&雨中走行に備えて,ウェアを着込んだりしていた。こちらもパック寿司,カップラーメンなどでいつもに比べれば多めの補給を済ませて,上にゴアの雨具を羽織る。グローブは指付きの初冬や春先に使用するものに換える。そして,レジ袋+ビニールテープという最強コラボの簡易シューズカバーを作成。さらに,PC2 の御池からの降りでの冷え込み対策に雨具のズボンをコンビニで購入しておく。が,これから中山峠までの登りに掛かるので,ペダリングの抵抗になるカッパの下はまだ履かない。結局,PC1 で30分以上ウダウダと過してしまった。

PC1 ~ PC2(山の家 御池)140.1km, 9/25, am 8:50(?)

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雨ですよ,...シトシトピッチャン

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9℃ですよ,..ブルブル

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これが最強コラボの簡易シューズカバーだ!(笑)

 スタートして少し降り,会津鉄道(野岩鉄道?)の線路を潜り,左折して,R352 に入る。降りは猛烈に寒い。半泣きになるほど。震えながらの走り出し。R352 を中山峠を越えて桧枝岐に至るルートは昨年も走ったところ。まずは,標高 1000m ほどの中山峠を目指す。前の方に,K関さん,K田さん,女性の参加者が走っている。峠への登りの途中でパスした。トンネルまでの登りは一部少しだけきついところもあったが,まあ,登りの偏差値50くらいかな(笑)。ただ,雨具を付けてのヒルクライムは,...暑い。登っているときは,雨具,ジャージの前面をフルオープン状態。吐く息が白い。

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中山峠(トンネル)。旧道は今もかろうじて通れるのかな?

 どのトンネルも中は暖かい。トンネルというのは夏涼しく冬暖かいところだ。トンネルを抜けて降りに入る。この辺りで雨は小降りになり,なにやら気分もマッタリしてきて,少々眠くもなってきて,唄を歌いつつノンビリと降る。降りにも係わらず,速度は 20km/h 台。降り切ったところで,R401 との合流点に到達。伊南川の写真を撮っていると,K田さんが追い付いてきた。左折して桧枝岐方向に向う。PC1 を先に出発して先行していたS@石巻さんを,ここでパスする。

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伊南川の流れは今年も変わらず清冽だ

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屏風岩

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 桧枝岐の集落に入る。集落に入る手前辺りで携帯が鳴った。おおえ,ねもと,オヤジから次々と熱烈ガンバレのTELを貰い,真っ白な息を吐きつつ感涙にむせぶ。メーターの距離数が涙でぼやけた(ウソだよ)。この辺りは,昨年からで3回目。自転車で2回,車で1回来た。もうマッタリ気分で,周囲をキョロキョロしつつ走る。前にも後ろにもブルベライダーは見えない。墓地が家々の間の空き地スペースに納まっている。山の斜面とかでは,雪が深くて墓参りもお墓の維持管理も難しいからだろう。そして,墓標に刻まれた姓は,ほとんどが「星家」,「平野家」,そして「橘家」だった。

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桧枝岐地区の住人の姓は,星,平野,橘でほぼ9割くらい?

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本当に,この辺りは面白い。セイロウ作り板倉だそうだ。

 渓流釣りのシーズンが直に終わりとあって,桧枝岐の民宿には渓流釣り目当ての客が多数泊まっていたようだ。早朝にも係わらずに,何人ものオッサンたちが玄関前で活動を始めている。川にも,カッパ姿で水辺に佇む釣り人多数。ミニ尾瀬公園の辺りで,結構大きなサイズのイワナとみられる魚を釣り上げる場面を見た。

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昨年はこの辺りから正面に燧ケ岳が見えたように思うんだけど,今日はちょっと残念

 キリンテを過ぎて,人家も途絶えると,やがて七入から本格的な登りが始まる。桧枝岐の七入オートキャンプ場から標高差440m,距離 6.7km のヒルクライム。平均勾配で 7% 弱というところか。先は長いので,ギヤを軽めにしてあまりしんどくない状態で進む。それでも,九十九折りのコーナーなどは 10% オーバーの箇所もあり,楽に登っていけるものではない。それなりに消耗した状態で,なんとか PC2 の,今日のチマコッピ(最高標高)の御池(1500m)到着。

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登りの途中にある「ブナ坂の清水」。ここで水を補給。美味い!

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AJ 宇都宮の飯塚さん。寒い中,有人PC お疲れさまです。

 コマ図による指定では,ちょっと奥に入ったところの「山の家 御池」が PC2 だったが,実際には駐車場への分岐のところにスタッフの車があり,そこが有人 PC だった。AJ 宇都宮の飯塚さんがおられた。寒い中,お疲れさまです。

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山の家 御池

 下の桧枝岐で気温 8 ~ 9℃だったので,御池での気温は5~6℃。ヒルクライム中は暑くて,大分汗をかいたが,あっという間に汗が冷えて震えが来るほどの気温。あんパンを一つ補給する。ザックには,まだ菓子パン,おにぎり2コ,羊羹などがわんさと入っている(笑)。スタッフの鈴木さんが山の家の方から来られて「モンベルショップがあるので,お金さえあれば防寒装備とか,なんでも揃いますよ」と。雨にも風にも負けずにガンガン走る折れない心は,やっぱり,プライスレスでしょうね(笑)。

 結局,山の家には立ち寄らずに,コンビニで購入しておいた雨具のズボンを着けて,いよいよ今回のブルベの核心部分の奥只見の樹海ラインへと向う。これだけの台数の自転車が一度にここを通過するのは多分有史以来初のこと(と思う。笑)。

PC2 ~ シークレット PC(銀山平),9/25, am 11:30 (?)

 最初にほんのちょっと(1km 弱)だけ登る。そして降る。降りに入れば,寒い,寒い,さむ~~~い。指付きのグローブでさえ指先の感覚があっという間に無くなった。顔が強張って,頬が,耳が痛い。寒さにガタガタ震えながらのダウンヒル。しかも,激しくはならないものの雨は降り続く。時折対向車が来るし,道は濡れているので滑りそうで,そうそう飛ばすことも出来ない。さっさと降って標高を下げて少しでも体感気温を上げたいところなんだが。

 こうした状況で走っているときに頭に浮かぶのは,過去に同じような経験したときとの比較。あの時よりは,まだマシだと思えると心に余裕が生まれる。最悪を経験すべしということか。それにしても,関東付近は三日前には猛暑日だったというのに,..気温差 30℃ってのは考えてみれば凄い。

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 何とかいう蕎麦屋が営業中だった。この隣に別荘風のログハウスがあり,おじさん数人が釣支度をしていた。蕎麦屋の写真を撮っていたら,おじさんの一人が「撮ってあげようか」というが,自分の写真って嫌いなので,丁寧にお断りした。「何台か自転車が通ったけど,なにか大会でもやってるの?どこから来たの?どこまで行くの?」という質問には,「長距離サイクリングのイベントです。宇都宮を夜出て,これから魚沼を通り,六十里越で只見に抜けて,そこから南会津を経由して宇都宮に帰ります。大体 400km くらいです」と応える。おじさんたちが,人間でないものを見る目になるのが面白い。「釣れますか?」と訊くと,「以前ほどには釣れないね」という返事。なにしろ,ここから先の道端のスペースの至るところに釣り目的とみられる関東ナンバーの車が停まっていた。流石の只見川もあれだけ釣り人が入渓したら魚影も薄くなるだろう。おじさんの一人が,「ここから先,小さめのを入れて峠は3つかな。じゃ,気を付けて」という言葉を背に先を急ぐ。うん?3つ?峠って,枝折峠だけじゃないの?#甘かったY

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 ここが福島県と新潟県との県境も金泉橋。御池から約 12km の距離。

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 橋から只見川上流を望む。昔なら,尺を越えるイワナなど,腐るほどいたんだろう。

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 これが噂の洗い越しである。樹海ラインには,こうした洗い越しと呼ばれる,道路上を沢が流れている箇所が無数にある。道路に橋を作り,沢が道路下を流れるようにするのではなくて,沢水をそのまま道路上を流すのが「洗い越し仕様」である。土石流や流木で橋の下の空間が閉鎖されることが多いためだろう。ここのところ結構雨が降っていた割りには,水量は少ないように思う。ザーザー流れていて,ホイールが流れに押されて転倒したらどうしようなんて考えていたが杞憂だった。これ以降,うんざりするほどお目に掛かるが,最初に見た時はもの珍しさが優先して,写真を撮る。

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洗い越しは全て沢で,そのほとんど全てに名前が付いていた

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人家なし,人影なしというが,所々にこうした家がある

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既に廃屋になっている家も多数

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ここは人が住んでいる感じ。この辺りの雪の量を偲ばせる構造だ。

 この辺りで,途中で写真を撮っているときに先行されたK関さんに追い付いた。K関さんが洗い越しを突破する様子を後ろから撮影してみた。

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洗い越しを突破するK関さん

 しかし,こんな洗い越しよりも何よりも気を付けなければならないのが対向車。関東圏のナンバーの車が,結構頻繁に走っている。しかも,どれもかなりのスピードで道幅を目一杯使って走るものだから,対向車や後続車には結構気を遣う。

 しばらくK関さんの後ろに付いて進む。ふと脇をみれば,向い側の山の斜面にはこれから走るべき道が見える。こういう雰囲気は嫌いじゃない。いや,むしろ好きな方。で,停車して写真撮影。雨も上がって,雲も切れ始めてきたようなので,ここで雨具の上下を脱いで,上だけウィンドブレーカにして身軽になる。ついでに,道端で立ちションして軽量化。

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これから走る道が向こうの山の斜面に見える

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で,先ほど撮影した場所が対岸の斜面に見える

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これが二つ目の「越」のピーク。一つ目はたしか「恋ノ岐川越」だったような「恋ノ岐越」だったような。

 この辺りから,とても下り基調とは呼べない道になった。細かなアップダウンがこれでもかと繰り返される。例えてみれば,30m 降る前に,必ず 20m の登りがあって,ワンセットとして結果的に 10m降るという感じだ。さらに「プチ峠」と呼べそうな「越」と言われる小ピークがいくつかあって,かなり消耗させられた。結果的には降るのだが,こうしたアップダウンに次第に脚が削られていく。

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急峻な山の斜面は雪崩で削られるのか,山肌が露出しているところ多数

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奥只見ダム(銀山湖)

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雨池橋(多分)から見た上流の様子

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洗い越しの手前にある注意標識

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で,洗い越し。一体いくつあったのか?

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沢の名前の標識には県境からの距離と銀山平までの残り距離が表示されている

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 これが3つ目の「越」の神峰。ここで新潟ナンバーの車に乗った親子連れ(ご両親と娘さん)とちょっと会話。ここでも 400km という距離に目を丸くされる。

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電灯が一つもない真っ暗闇のグミ沢トンネル。もっとトンネルがあるかと思ったけど,これ一つだけ。
通り抜けた後で撮影。ダム湖側に塞がれた旧トンネルがあるらしい。

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銀山平の手前で見た,工事用の資材運搬用のヘリ。こりゃ,道路工事も高く付くわ。

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 銀山平のシークレットPC には,坂東さん,井坂さんが待機。みそ汁をご馳走になり,手持ちのおにぎりを2コ食べる。しばらくすると途中で抜いたK関さん,S@石巻さんが到着。他数人の参加者も到着。晴れて来たので,グローブを指切りにして,ウィンドブレーカを脱ぎ,さらにレジ袋の即席シューズカバーを外す。

シークレット PC ~ PC3(セーブオン湯之谷吉田店)216.5km, 9/25, pm 1:29

 S@石巻さんと一緒にスタート。しばらく降って,石抱橋を渡って,いよいよ枝折峠の登りに掛かる。S@石巻さん,他2名と一緒に登った。勾配は急ではないものの,標高差 300m,距離おおよそ5キロほどの登り。まあ,何ということもなく登り切った訳だけど。

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途中に長いスノーシェッド(ロックシェッド?)

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枝折峠頂上からの尾瀬方面(だったと思うけど)の山々の眺め

 枝折峠頂上には,駒ヶ岳の登山口があるそうで,かなり多くの登山者がいた。駐車場は満杯。で,降車して写真を撮って,後続を待っていると,同じ質問。ここでも,午前1時半出発,走ってきたコース,400km という距離に驚かれること頻り。一人のおじさんは「トライアスロンで自転車で 190km は走ったことあるけど,..」と。お,フルのアイアンマンディスタンスですね。そっちの方が凄いです。おじさんおばさんの「気を付けて!」の言葉を背中に受けて,なかなか来ないS@石巻さんを待たずに降り始める(ゴメン!)。

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降りの途中で見たナラ枯れの様子。かなりひどい状態だ。

 単調で長い降りを降っていると,次第に眠くなってきた。樹海ラインを降り終えて,街中を走行中にえらく眠くなってきた。コマ図では,湯之谷の市役所から脇道に入って PC3 に向うように指示されているが,眠くてボケーッとしてて,指示された曲がるポイントを通過してしまうこと数回。別段,入り組んだコースでもないのに,ウロウロしてしまった。正規ルートに復帰して,なんとか,PC3 の魚沼郡湯之谷に到着。

 プチミスコースでウロウロしているうちにS@石巻さんの方が先に PC に到着していた。K関さんも補給中。そろそろガッツリと補給を摂るべきだろうと,カレーの大盛りとおにぎりなどを食べる。

PC3 ~ PC4(只見ショッピングセンター)278.1km, 9/25, pm 5:27

 ここから県道 70 の細かいアプローチを経て,R252 へ。県道70って,R252 の川向こうとか線路向こうとか走っている道らしい。途中,えらく辺鄙なところを走るものだから,ちょっとばかりミスコースの心配をしてしまった。コマ図 No. 36 で「ショッピングセンター マルカ」というところで,R252 と合流するが,県道70を走っている時点では,「こんなところにショッピングセンターなんてあるのか?」と思っていた。が,実際には「これがショッピングセンター?」という規模の店だった。田舎の雑貨屋という表現がむしろ正しいと思われる。この辺りは入広瀬の手前。

 で,R252 を六十里越に向って走り始めた訳だが,どうにも眠いし,怠いので,ハンガーノック(さっき食ったばかりなんだが)を心配して,道の駅・いりひろせでコーラとクリームパンで小休憩。ここで午後3時である。まだ,走行距離は 240km 程。かなり,遅いペースだ。

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以前に木島平まで自走したときにも立ち寄ったことがある道の駅・いりひろせ。なんか,客が少ないようだった。

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補給ちう

 補給を終えたので出発。道の駅の先で橋の工事のための迂回路に入る。この道で大丈夫なのかと思いつつ道なりに走っていたら R252 に再び合流。

 これから先,いよいよ R252 の六十里越に掛かる。が,どうにもこうにも,やたらに眠くなってきた。あまりの眠さに足付き数回。ミンティアを放り込むも瞬間的な効果だけ。仮眠を取るような場所もないので,その後も眠さでスピードダウンしつつ,テレテレと走っていると,後ろから声を掛けられた。

 以前に匠光学のライトを知るきっかけになった千葉の方(ラルさん)だった。前に一度,一昨年の宇都宮 1000km のスタート直前にご挨拶頂いたことがあっただけなので,お顔を失念していて失礼しました。実は,今回(いつも?)使っている,匠光学 + Kingpower K2 ともにラルさんに教えて頂いたもの。今回ラルさんとは,ライトシステムは全く同じ。いわば,ブルベライトの師匠(笑)にお声掛け頂きました。改めて自己紹介などして,いろいろと,話をしながら登る。

 先だっての,宇都宮テイストの千葉 600km ブルベ(喜多方)はラルさんがコースクリエートですか?と訊けば,そうだとのこと。やっぱり(笑)。宇都宮テイストが濃いのでそうではないかと思っていました。さらに,ハブダイナモと匠光学のライトのこととか,一昨年の宇都宮 1000km で六十里を越えたときの豪雨のこととか,来年の PBP のこととか,いろいろと話すことが出来て,お陰で眠気も去って,退屈で長い登りをこなすことが出来た。感謝です。それにしても,ラルさん,400km という距離を走るとは思えないほどの軽装。ザックもバックも何もない状態。ロングライドの達人という雰囲気。

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こういったスノーシェッドとかロックシェッドとかが次々と現れる六十里越

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右側に只見線の線路が走っている

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只見線の線路。この先でラルさんに声を掛けられた(と思う)。

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ここが県境のトンネル(六十里越トンネル)で登りはほぼ終了。標高は 800m 弱

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福島側の長いスノーシェッド(田子倉駅の辺り?)

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向の山の斜面も雪(氷河?)に削り取られたような感じ

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田子倉ダムは夕暮れ時でなかなかの景観

 ライトの全くないトンネルが3本ほどあった。こうしたことが時々あるし,対向車への注意喚起にもなるので,今回は匠光学を常時点灯させている。なので,常にわずかの負荷が余計に掛かっている状態。気になるほどではないけど。

 田子倉湖の駐車場を過ぎれば,あとは只見の町まで降るだけ。夕暮れが近づいてきた。只見駅のところから R289 の沼田街道に入る。しばらく走れば PC4 の只見ショッピングセンターに到着。ラルさんと店内を物色するものの何も欲しいものがない。バナナか?でも,こんなに沢山いらないし,.。10分程店内をうろついて選んだものは,お総菜の揚物(笑)。ササミフライにソースをドバドバかけたものをもしゃもしゃと喰らった。これで蛋白質,脂質,塩分を一挙に摂取(笑)。

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PC4 の只見ショッピングセンター。写っているのがラルさん

 補給が終った頃に,4~5名のブルベライダー到着。S@石巻さんもいる。この中のどなたかがツイッターでつぶやいていた。その時の画像を頂いた。なんでも,同じ色の COPPI が他のブルベで目撃されていたとか。同じ COPPI に乗っている方にはお目に掛かったことがないので,一度お目に掛かりたい(笑)。

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PC4 でのマイ COPPI。奥はラルさんのスペシャ。

PC4 ~ PC5(セブンイレブン会津田島新町店)330.7km, 9/25, pm 8:46

 PC4 からは再びナイトランの準備。気温が下がってきたので,ジャージを裏起毛の冬物に換えて,グローブも指つきにするが,それでも寒い。しばらく進むが,いよいよ睡魔の攻撃に耐えられなくなり,トンネルの入口の道端で体育座り。ほんの一瞬意識が飛ぶと,その後の40分程が楽になる。で,これを繰り返すことでなんとか安全に走行できる。前の 600km のときに身に付けた「瞬間睡眠法」である(笑)。瞬間睡眠中に,ラルさんが先行していった(様子)。

 しばらく走るとラルさんに追い付いた。そのまま先行する。R289 のきらら 289 を過ぎたところから,駒止トンネルまでの標高差 400m,距離 8km のヒルクライムにはいる。

 実は,PC4 を出て,この辺りまで 30km 近い距離があるのだが,どんなところを走ったとかいう記憶がほとんどない。コマ図 No.46 - 49 に相当する箇所だけど,こういったところを走ったような走らなかったような,..。それだけ眠くて夢現つ状態だったということか。それでも,ミスコースしていないのは,AJ 宇都宮のスタッフの作成するコマ図の秀逸さ故か。

 昨年の記憶を頼りに,駒止トンネルまで,真っ暗な中セッセと登るが,ここも眠くて倒れそうだった。3回ほど道端にへたり込んだ。道路工事の飯場の階段に腰掛けて瞬間睡眠&補給。ここでラルさんに追い付かれて,あとはランデブー走行。で,なんとかトンネルを通過。トンネルまでの道のりの記憶が,なぜか甲子トンネルの情報(記憶)と混同しており,あれ?こんなところだっけ?という感じ。ここも標高が 1000m 近いし,今度は晴れたせいで放射冷却でかなり冷え込んできた。一刻も早く下ろうとしていたところに,オヤジから着電。ラルさんに先行して頂く。今回のタイムロスのひとつの原因かも(笑)。

 降って,平地を PC5 に向っているときに,右車線にタヌキ発見。逃がすつもりで「こらこら!」なんて声を掛けた途端に,何を思ったかタヌキがこちらに突進。前後輪の間に入って,チェーンリングとクランク辺りがタヌキにハードヒット&後輪乗り上げ(?)。確認はしなかったけど,「タヌキ,轢いた~~!」ということに。あとで,PC5 に入ってきた参加者に訊いてみれば,「タヌキの死骸がありました」と。特定は出来ないが,ひき殺した可能性がある。まあ,pokky 氏のように「タンタン落車」に至らなかったのは不幸中の幸いだが,いくら狸とはいっても,少々寝覚めが悪い思いをした。

 PC5 のセブンイレブンでは,寒い戸外で補給して,ラルさんと一緒に出発。そういや,ラルさん,どこかの見ず知らずのおばあさんからお萩を頂いていた。コンビニの駐車場に座り込んで飯を食う我々がよほどひもじそうに見えたのかな?

PC5 ~ Goal(日光杉並木YH内コテージ)405.4km, 9/26, am 0:31

 一旦休むと走り出すのがイヤになるほど寒い。会津鉄道の線路を潜ってからは山王峠までの登り。朝(?)来た道をまた戻る。まあ,勾配も緩いので時間の問題。が,退屈だ。アニソンなどを歌いつつ進む。この辺りでようやく眠気は醒めた。後ろにいたはずのラルさんはいつの間にかいなくなっていた。後で訊けば,道の駅で寝ていたとのこと。全くの徹夜状態だったらしい。

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山王トンネル

 空には満月に近い月が煌々と輝いている。五十里ダム付近も雰囲気や由。ブルベでのナイトランを初めて経験した頃には,心細くてかなわなかったが,深夜にこういう場所を一人で走行することにもすっかり馴れてしまって,今では何にも感じなくなってきた。時折,わざとアップライトにする人間のクズのような運転者もいて,イラッとする。

 しばらく行くと前方に参加者発見。後輪が奇麗に光っている。K関さんだ。一旦パスされたK関さんに再び追い付くことは,これまであまりなかったことなので,今回は彼はちょっと調子が悪いのかも。川治温泉辺りからは,残りの距離がやたらに長く感じた。少々,自転車走行自体に飽きてきたのかも知れない(笑)。夜間は景色も見えないので基本的に退屈だし。

 そんなこんなで,東の空に上がってきたオリオン座を眺めつつ,日付が変わって30分でようやくゴール。23時間だった。実はゴール地点のユースホステルへの入り口でミスコースしたのはご愛嬌(笑)。ゴール場所がユースホステルのコテージだったので,そのまま明るくなるまで,そこで仮眠。

明けて,翌日

 起床は4時頃。畳みに雑魚寝の2時間半。正直疲れは取れない。部屋には,masa さん,K関さん,S@石巻さん他,多数の参加者が,ゴロゴロとマグロ状態(笑)。masa さんとコーヒーなど頂きながら,スタッフの方々とポツポツと会話。明るくなってきた5時頃に他の参加者,AJ 宇都宮のスタッフの皆さんに挨拶して,コテージを撤収して,スタート地点の宇都宮森林公園に向う。晴れた朝の放射冷却で気温は一桁。寒い。森林公園までは途中一つ丘越えのある約 15km だ。ま,短いが快復走代わり。脚は比較的よく回る。最後の鶴CC の 17% の激坂は汗をかきたくなかったので,34 x 27 のスーパーローでチンタラ登る。それでも呼吸は荒くなり,汗はじんわりと浮かんできたけど。

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masa(茨城)さんとS@石巻さん

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S@石巻さんとナデラ男(撮影:masa(茨城)さん)

 昨夜の9時半頃にはゴールした,スーパー速いグループの pokky 氏は,オイラの車で車中泊だったようだ。で,目覚めた pokky 氏と再会。昨日の PC1 で出て行くのを見送って以来である(笑)。寒くてよく眠れなかったとか。朝帰りしてしまって,すいません(笑)。コテージで仮眠を取ってもらっているのがベストでしたね。打ち合わせ不足でした。

 着替えて,荷物の整理をし,帰り支度が済んだ後で,駐車場で,AJ 宇都宮のスタッフのS藤さん,masa さん,S@石巻さん,pokky 氏と小1時間程駄弁って,アフターブルベを愉しむ。来年の BRM 予定などについて少しだけ情報を聴き出す(笑)。まだ詳細不明だが,雰囲気的に厳しいコース変更になるような予感も,..。実に面辛ろそうだ(面辛ろい:おもつろい)。ではでは,家に帰るまでがブルベですので,道中お気を付けてと7時過ぎに別れる。

 途中,スイマの攻撃を高速の SA での仮眠でかわしつつ,最後にかわし切れなくなった部分は pokky 氏に運転を代わってもらったりしつつ,11時前に無事に帰米。これでナデラ男の,今年のブルベは終了である。

最後に

 AJ 宇都宮のスタッフの皆さまには,今年1年,本当にお世話になりました。いくら感謝しても感謝し切れません。もう,来年のブルベカレンダーは提出済みとのことで,そのコースについて,ほんのちょっとだけ教えてもらいました。今から楽しみです。来年も宇都宮中心になるかも知れません(宮城にももう少し参加しないといけないけど)。何卒,よろしくお願いいたします。

 また,この1年のブルベ参加を通して,知り合った方も大分増えました。ブルベでは単独走であっても,ああ,あの人は今頃コース上のどこを走っているのかな?あの人はもうゴールしてるだろうな,等と考えながら走るので,単独走の寂しさもありませんでした。皆さんとは来年もまたブルベ会場で笑顔でお会いできることを願っております。それでは皆さま,よいお年を迎え下さい!(笑)

FIN

2013年6月17日 (月曜日)

【過去記録】帝釈山ピストンツーリング(林道 飯豊・桧枝岐線)

 ふつうのパパさんのコメントで思い出したのが,以前に意識せずに走っていた「林道 飯豊・桧枝岐線」の一部。2010年10月11日(月)の桧枝岐のオフロードソロツーリング。折角なので,以下に転載しておく。

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ルートラボへ。馬坂峠手前でルートが消えているので直線近似(笑)。なので,少し短い。

 昨年から,ブルベで2回,ドライブで1回の都合3回,桧枝岐などの南会津を訪れている。以前から,この辺りに関しての話は聴いていたが,昨年の宇都宮 400km ブルベで初めて訪れて以来,意識の中に何かが強烈に刷り込まれた。そして,暇があればツーリングマップルで南会津周辺を眺めるようになってしまった。世間では,こうした状態を「病気」と呼ぶこともあるようだ(笑)。

 ある時,以前に走ったブルベコースを地図上でトレースするうちに(時々こんなことをする。コマ図のポイント間の繋がりを有機的に補間する目的で),コースの周囲の面白そうな場所,道(林道)が目に付いた。当初,なんと読むのかわからなかった「木賊温泉(とくさおんせん)」,桧枝岐から栃木県川俣に抜ける 2000m 近い標高のオフロードの峠,などなど。ブルベシーズンも終わり,これからファンライド三昧に移行するつもりなので,この辺りをマウンテンバイクで走ってみたいとずっと思っていた。で,この連休最終日にようやく決行することにした。

ミッション:木賊温泉から桧枝岐を経由して馬坂峠まで登り,さらに帝釈山山頂を踏んだ後,栃木県川俣に降り,さらに田代山峠を越えて再び木賊温泉へ!

 なにやら,一段小さい文字で書かれた「ミッション」。上記走行計画を達成するためのスケジュールは,2時半起床:3時半前にスタート:木賊温泉到着7時前:7時半にはマウンテンバイクスタート:9時間掛けて午後4時半には木賊温泉着:一風呂浴びて,5時半には帰途に就く:だった。当日の朝,ふっと自然に覚醒。部屋は薄暗い。うん?真夜中に近いから真っ暗なはず,..。目覚まし時計は,なぜか離れたところにすっ転がっている。時刻を確認すると4時45分。ああ,やっちまった。これから準備してスタートしても約2時間の遅れ。この時季,2時間の遅れは致命的だ。さて,どうするか。これはもう今日のミッションを変更するしかない。ということで,...

ミッション変更:木賊温泉をスタートして帝釈山山頂まで自己の力だけで往復せよ!

 気を取り直して,5時半すぎにスタート。雨がまだわずかに残っていて,路面はハードウェット。天候の回復が予報よりも遅れているようだ。雲の切れ間から青空が覗いている箇所もあるので,次第に回復するだろう。セブンイレブンで地図をコピーして,さらに補給食を仕入れる。その後はナビに任せて R121 をひた走る。が,所々では,下の写真のように,空白地帯も走行する。ここは R121 の新道部分。

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 ああ,この道は一昨年に自転車で走ったなぁと思いつつ芦ノ牧温泉通過。塔のへつりやら大内宿辺りは朝からそれなりの混雑。田島から R289 で駒止峠を越える。ここも2週間前に自転車で走ったなぁ。R352 を走り,8時半すぎに目的地の木賊(とくさ)温泉到着。民宿のおじさんに夕方まで車を置いておける場所はないか?と訊けば,公衆浴場の駐車場があるよということで,「広瀬の湯」の駐車場に車をデポ。早速,準備を始める。

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木賊温泉の公衆浴場「広瀬の湯」の駐車場にある看板

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駐車場の道を挟んだ向い側にある鄙びた公衆浴場「広瀬の湯」

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車のデポ場所を訊ねた民宿の軒先のKOGA & Look

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六輪車?(笑)

 クマ除用の特大カウベルをサドル下に取りつけ,補給食やら換えのウェアやら工具類など約4キロほどの重量になったザックを背負い9時にスタート。ソロ走行なので,いろいろと考えて荷物が結構多くなってしまった。一泊のビバークが可能なくらいの装備が入っているのである(苦笑)。ただ,走行用のライトを忘れてきたのは失敗だった。朝,ロードから外して持っていかなくちゃと思いつつ,寝坊のバタバタでつい失念したのだった。気温は16℃くらいなので,長袖インナーに半袖チームジャージ,レーパンにレッグウォーマーだけ。

 スタートして,まず,木賊温泉の集落を抜ける。道沿いの数百メートルの間に30軒ほどの民家(民宿が多い)が並ぶだけの小さな集落だ。開湯は1000年程前で,会津の隠れ湯だったらしい。鄙びていて,どこかホッとさせられる風情がある。桧枝岐もそうなのだが,木賊温泉の集落でも,民家と民家の間に墓地がある。そして,やはり,圧倒的に多いのは「星家」と「橘家」。あるところなどは,道の左側に「橘家」ばかりの,右側に「星家」ばかりの墓地が向かい合っていた。「橘家」対「星家」かと,思わずつぶやいた。

 事前にコースプロフィールなどを調査しなかったが,ひとつ峠を越えて桧枝岐に降るということだけは確認していた。が,まさかあれほど登るとは,...。帰宅後確認したら,スタート地点が標高774mで,途中にある小繋峠のトンネルは標高 1344m で,そこまでの距離は約 10km だった。つまり,平均 6%,距離 10km のヒルクライムを,スタートからいきなりやらされることになる。ギヤは直ぐにミドルのローから2〜3枚目に固定。時速 10km 前後,多くの場合は8〜9km/h で淡々と登る。地図上ではおおよそ 10km 程と見積もられたので,サイクルコンピュータの走行距離を眺めつつ残りの距離を考えつつ走る。標高が上がるに従って,次第に雲が切れて陽が差してくる。標高が 1000m 前後のところなので,もう少し紅葉が進んでいるかと期待していたが,まだ盛りは1〜2週間先のようだ。今年は全般的に遅いのかな?

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登る途中の色付き具合

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小繋峠のトンネル。標高 1344m。内部の照明はないが,短いのでライトはなくても通過可能

 スタートからほぼ1時間掛かって峠着。平均時速は 10km/h ということになる。遅いけど,まあ,先も長いし,マシンは重いし,ザックを背負っているし,..(苦笑)。それにしても,久しぶりに乗るマウンテンバイクのペダリングは違和感だらけ。いつものロードマシンよりもクランク長が 1cm も長い。1cm 違うと流石に上死点付近がギクシャクした感じになる。ポジションが微妙に違うせいか,腰も少々痛い。ロードもマウンテンも同じポジションになるようにはセッティングしているはずなんだが。

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「小繋=こつなぎ」でいいのだろうか? 1300m 以上ってのが信じられない

 ツーリングマップルによれば,「峠周辺の紅葉は見事」とあるが,残念ながら時期が早かったようで,ようやく色付き始めたばかりの様子。

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トンネルを抜けて,桧枝岐村側からの景色

 トンネルを抜けた辺りもいわゆる広葉樹林で,紅葉の盛りにはさぞかし見事だろうなと思いつつ降る。桧枝岐側の方が勾配の急な箇所が多い。10% 前後の箇所が何箇所かあった。この辺りは,ブナ枯れの被害といったものはほとんどないようだ。それにしても,南会津地方で目にする山中の川とか沢の水の清冽さにはいつも驚かされる。どこにでもイワナとかヤマメが泳いでいそうだ。渓流釣り好きの方で南会津の沢に通い詰める人が多いというのも頷ける。7km 強ほど降ると R352 との合流点(T字路)に出る。帰りには,これを登り返すのかと思うと少々萎える。合流地点は,右側にはスノーシェッド,左側には釣り堀があるところ。標識には「林道飯豊・桧枝岐線」とある。この辺りの標高は 900m ほど。

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R352 との合流点にある道標

 左折して,しばらく R352 を走ると間もなく桧枝岐の集落に入る。何回来てもいいところだ。自分の住んでるところに比べて,至極ゆったりと時間が流れているような錯覚すら覚える。スキー場のところでは,集落のお年寄りたちがパークゴルフ(?)に興じていた。健康で,死ぬまで達者で暮らして下さい(笑)。桧枝岐に来るのは,この間のブルベ以来2週間振りだ。しばらくのんびりと周囲を眺めながら進み,有名な蕎麦屋の「開山」を過ぎたところで左折。側で畑仕事をしていた地元のおじさんに道を確認。「今日は天気がいいから景色は最高だろう!」と北関東訛りのようなイントネーション(あまり詳しくないけど)で話す。

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左折ポイント

 いよいよ,R352 と別れて林道川俣桧枝岐線に入る。橋を渡った辺りの舟岐(ふなまた)という集落(なのかな?)を過ぎて,ちょっと先に進むと,道端の看板が目に付いた。

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 あれれ? では,どんなに早く来ても結局変更ミッションしかこなせなかったのか。この結果オーライの状況に,ほんの少しだけ残っていた,寝坊したことによる本日の走行コースの変更に対するわだかまりが消える。現金なものだ。が,実際には登る途中でかなりの台数のオフロードバイクとすれ違っており,どうも二輪車程度なら栃木側に通り抜けることが出来たようだ。まあ,こればかりは行って見ないとはっきりしない。

 川を右手に見ながら,看板から先に進む。少し先に道端から水が出ていたので,空になったボトルに詰めた。

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川の水の清冽さはため息が出るばかり。石の上にサルがいた。

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 途中にキャンプ場があり,何組かキャンプをしていた。その辺りまで舗装で,一旦砂利道になり,もう一度出来立ての舗装路が現れる。新しい舗装路は数百メートルで終わり,その舗装が切れてから本格的なオフロードの道になる。勾配はきつくはないものの,だらだらと登り続ける。11時を回る辺りで,そろそろどこか適当な気分のいい場所でのんびりと補給しようかなと思いつつ登る。

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 ほぼ中間地点(分岐から6キロほどの距離か?)の川に掛かる欄干のない橋のところで補給休憩。こんなところで食べればなんでも美味い! それにしても,ここまでに見た砂防ダムの数と来たら,..。本当に必要なのかと首を傾げざるを得ない。

 この先から林道は川から離れて,登りは本格的になる。途中,何台ものオフロードバイクが降りてきた。これだけの台数のオフロードバイクが桧枝岐から馬坂峠までのピストン走行というのも考え辛いので,多分,二輪車程度は通り抜け可能なんだろう。追い越して登って行く車も,上から降りてくる車も山の高さと深さからすれば多すぎるくらいだった。後で知るが,馬坂峠まで車で登れば,ハイキング気分で 2000m 級の登山を楽しむことが出来るために,かなりの数のハイカーが車で登っている林道だったようだ。

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あまりお目に掛かったことのない標識。具体的に,どう注意すればいいのかしばし考える。

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自然針葉樹林?

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こんな道がどこまでも続く。気持がいい。

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 登り始めて 10km を過ぎたころから次第に辛くなってきた。肉体的な辛さもあるが,むしろ精神的に辛い。平たく言えば,登るのに飽きてきた。残り 5km くらいが実に長く感じられた。それでも,高度が上がり,周囲から樹高の高い林が消えると,次第に雑木の紅葉が目に入るようになり,ほんの少しだけ辛い気分を慰めてくれた。最盛期にはまだ早かったようだが,黄色に色付き始めた山々にスポット的に真っ赤な赤の入った箇所が多く見られ,これはこれでなかなかいい風情だった。

 道は良く整備されているものの,砕石が浮いている箇所も多く,トルクは控え目に登らせられる。雨水を逃がすために道路を横断して埋められている厚手のゴムシートが路面上に飛び出している箇所が随所にあり,これを越えるのが次第にストレスになってくる。多分,百枚以上越えたように思う(そんなにあったかなぁ)。

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どうも,このポイント的に入っている赤ってのはちゃちなデジカメでは表現不可能らしい。実際にはかなり奇麗。

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 そして,桧枝岐から分岐して2時間程でようやく馬坂峠に到着。約 15km ほどの道のり。峠は駐車場になり,周囲の山々の登山を目的にした車が多数駐車している。簡易トイレまで設置してあることに驚く。

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 栃木側はどうなっているんだろうと,少し先から眺めてみたが,樹木に覆われた谷の,遥か遠くに集落らしきものを確認できた程度で,眺望はあまり良くはない。あの集落が川俣の辺りだろうか? 脇で写真を撮っていたおじさんに,「自転車で登ってきたの?」と驚かれる。そうこうしているうちに,川俣側からオフロードバイクが登ってきたし,一台のバイクが降りていった。やはり,二輪車くらいだと通れるらしい。

峠から栃木側を眺める

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車で来て手軽に周囲の山々に登れるようだ

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入山者数を調査するための光学式カウンターが設置してある帝釈山登り口

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峠の標高は 1790m で麓の桧枝岐分岐からは標高差 840m か

 案内板によれば,馬坂峠(標高 1790m)から帝釈山山頂(標高 2060m)まで,距離 0.9km ほどらしい。でも,所要時間は1時間とある。平均勾配が 30% ほどだから,それくらいになるかも知れない。さて,ここで既に午後1時に近い(12時45分)。ざっと,頭の中でスケジュールを組み立ててみる。2時半までに頂上往復,3時半までに桧枝岐から木賊温泉への R352 の分岐まで,小繋峠までの登りが1時間弱として木賊温泉までの 10km は平均時速 40km 以上なので,余裕を見ても5時前には車まで戻れるはずだ。前にも書いたけど,実は今日はライトを忘れてきて,手持ちは小さな LED のミニライトしかない。暗くなる前になんとしても車に辿り着く必要がある。

 そんなことを考えながら看板を眺めていると先ほどのおじさんが登り始めるようだ。「上までどの程度掛かりますか?」と訊ねると,「まあ,40分あれば楽勝だと思うよ」と。だったら,なんとか上のスケジュール通りに行けそうだ。ということで,マウンテンバイクをデポして早速登り始める。今日はシューズはゴアテックスのツーリング用を履いているので,山登りもなんとかなる。SPD シューズなんか履いていたら,大分苦戦しただろう。

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こんな木組みの階段があるところはましな方で,多くは木の根やら岩などのステップを辿る

 なにしろ,勾配が凄い。大きな段差が沢山あり,石やら木の根などで巧くステップを刻まないと大変だ。常にスクワットを繰り返しているような気分になってくる。さらに,昨日の雨のせいか,ドロドロの箇所が何箇所かあるし,所々に木道があり,シューズに付いた泥で滑りやすくなっていて,神経を使う。そして,やはり使う筋肉が違うせいなのか,えらく苦しい。まさか,2000m 程度で空気が薄いから呼吸が苦しくなるなんてことはないだろうと思っているのだが。

 結局,途中でさっきのおじさんを抜いて,おじさんの「そのペースなら30分切って登れるよ」との言葉に意を強くして,さらにどんどん登る。顎から汗がボタボタと滴り落ちる。3回ほど脚を止めて,ゼーゼーする呼吸を調えつつ,降ってきた登山者に道を譲りつつ,あとどの程度か訊ねると,「この上の階段を越えれば直ぐに頂上だよ」とのこと。「自転車で来たの?スゴイですね」とまで言われる。この格好だけで,自転車とわかるとは,何かやってますね(笑)。

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 で,結局,約25分で三角点に到着。これでミッションの片道は終了である。生まれて初めて自力で 2000m を越える場所に立った。これはなかなか感慨深いものがある。頂上のスペースには関東方面からのおじさんおばさんが多数いて,かなり混雑していた。360度のパノラマを堪能しつつ,彼らの話を聞くともなしに訊いていたが,なんでも透明度が良ければ富士山まで見えるとのこと。

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これが頂上の道標。時間があれば田代山湿原まで足を伸ばしたいけど,..。

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西の方角には燧ケ岳

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南西には八ケ岳の辺りが見えるらしいが,..。アルプスってのは中央一番奥のピコッと立っている山の辺りだろうか?

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北の方角を見れば,木賊温泉の集落が見える(と思うけど)

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南の山々。名前はよくわからない。

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会津駒ヶ岳(らしい)

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頂上はこんな感じで大混雑(笑)

 10〜15分くらい滞在して下山を始めた。降りの方が膝とか太股に負荷が掛っているような感じ。最後には脚がガクガクしていた。再び馬坂峠に付いたのは午後2時だった。スケジュールよりも早い。

 直ぐにダウンヒルを開始する。見つけておいた峠近くの湧き水で咽を潤し,ボトルにも詰める。リム打ちパンクなどしないようにある程度抑えて降る。流石に,この距離だと,途中でペダルの上に立っていること自体が辛くなる。

 桧枝岐の集落をぶっ飛ばし,結局,小繋峠までの登り返しに入ったのは午後2時45分頃だった。ここからセッセと登る。午前中に感じたペダリングの違和感は消えており,朝よりも大分楽に登れているようだ。本日3本目のヒルクライムを「忍」の一字で登り切り,小繋峠のトンネル到着。3時30分頃だったか。ここから木賊温泉までの 10km のダウンヒル。所々で時速 60km ほど出る。一度,前方をサルが横切った。先だってのブルベで狸を轢いたことを思い出す。

 車のデポ地点に着いたのは,午後3時45分だった。ミッションコンプリート。ロードで 200km を走るよりも,その達成感は遥かに高い。

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 急いで後始末して,道路を挟んだ向い側にある「広瀬の湯」へ。人気としてはもう一箇所の岩風呂の方が高いらしいけど移動するのが面倒。それに,今回は縮小版のツーリングだったので,「岩風呂」の方は,正式版ツーリングの後に残しておきたい。

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おばあちゃんが番をしていた。入浴料は 300 円と安い。

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一人だけ先客がいた。広い湯舟で伸び伸びと手足を伸ばせた。至福の時。お湯は熱からずぬるからずでちょうどよい温度。こういう生活だけしてればストレスなんてどこの世界の言葉ってな感じなんだろうな。ユルユルと出たり入ったりしながら,すっかり満足して帰途に就いたのは午後4時半過ぎ。自宅着は8時少し前だった。帰宅後は2食分ほど補給した(笑)。

2013年3月11日 (月曜日)

【過去記録】あの日の日記

 あれから2年。いろいろと忘れたいこと,忘れてはいけないことなどがある。あの当時の日記を記録としてこちらに掲載しておこう。

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3月11日(金)晴れのち曇,東北地方太平洋沖地震(東日本大震災 M9.0),ローラー,今日 27km,今月 628km,今年 4131km

 起床は6時。朝の体重は 70.2kg と「元の木阿弥プロジェクト」を最小限の被害で食い止めた。

 10時40分のつばさで上京。つばさ車中では,外の良い天気を眺めながら,18日の講演資料の構想などを練る。明後日のブルベもいい天気なので楽しめるなぁなどと考えつつ,..。

 丸ノ内線で茗荷谷へ。午後2時から茗荷谷の茗渓会館で会議。議題が進んでしばらくした頃の午後2時47分に,それは起きた。最初,小さな揺れ。「あ,地震だ!」と会議参加者が誰ともなく口にした。皆が会議を中断して地震の様子を確かめる。と,いきなり大きく揺れだした。誰かが言った。「こりゃ,外に出た方がいいんじゃない?」。次の瞬間,鉄筋コンクリートが「ギシッ,ギシッ」ときしむ音から「バキッ,バキッ」と折れるかの如き音に変わった。心底恐怖を覚えた。階段を駆け降りながらバランスが崩れそうになる。取り合えず,会議に参加していた全員が荷物を持って建物の外に出て,建物から距離を取る。外に出ると,車はすべて道路上で停車。向いの小学校では全校生徒が校舎から避難して,校庭で先生の指示に従って整列している。電柱と電線はユサユサと大きく揺れる。やたらに長い時間,揺れが続いた。

 てっきり,関東が震源の震災だと思った。関東大震災の現場に居合わせたのか? と,携帯でニュースをチェックしていた一人が「震源は東北らしいですよ」と。「え?東北が震源で,東京がこれだけ揺れるってことは,..」。それからは会議どころではなくなった。東北大から来た知り合いの先生が,仙台方面への連絡を試みるも,携帯電話,固定電話共に繋がらないようだ。会議も重要なことだけをサッサと決めて,あっという間に終った。余震で屋外退避を繰り返すこと数回。

 そのうち段々といろいろな情報が入ってきた,まず,都内の地下鉄,私鉄,JR 全てが運転見合わせ。東北,東海道新幹線などの新幹線も同様。結局,その日は全ての鉄道が動かず,会議参加者は学会本部でほとんど寝ずに夜明かしをすることになった。窓の下を見れば深夜になっても続く渋滞の列。夜通し,テレビのニュースを観続けた訳だが,緊急地震速報の度に,かなりの揺れが来るので段々と気持ちが悪くなってくる。終始ユラユラと揺れているようなイヤな感覚。そして,東北地方の物凄い惨状も映像で届き始めた。津波だ。車が流れる,家が流れる,町の中を船が流れていく,..。街があっという間に濁流に呑み込まれていく。そして,津波被害の地域として,実家の近くの馴染の場所がテレビから流れた。閖上が,相馬が,亘理が,...壊滅だ。

 宮城の実家にも連絡が取れない。でも,最初の地震の直後に女房から「実家の両親の無事を確認」というメールが来たので大丈夫だろう。それ以降は,女房とも,仙台にいる妹夫婦の所とも全く連絡が付かない。東北大の先生も,大学にも自宅にも全く連絡が付かないので,えらく心配していた。

 結局,テレビの情報を眺めつつ,余震に脅えながら,まんじりともせずに一夜を明かした。

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3月12日(土)晴れ,北帰行1日目(そんな言葉があるのか?)

 明るくなるに連れて,テレビに映し出されるニュース映像は悲惨さを増す。つい先日,自転車で行ったばかりの相馬の新地辺りも壊滅らしい。悲しいという単純な感情ではなく,自然のエネルギーの前の無力さというか,何ともいえない無常観のようなものを感じる。

 さて,感傷に浸っているときではない。このままジッとしていても,埒が明かない。選択肢は二つ。このまま東京で経過観察して,公共交通機関がある程度復旧してから北に向うか,出来得る限りの手段を講じて,今から北に向うか,である。

 ただ,ジッと待っているだけよりも精神衛生上は良いと思われるので,テレビから流れる JR 運転再開の情報を鵜呑みにして,東北大の先生と供に直ぐに北に向うことにした。新幹線はダメなので在来線を乗り継ぐ積りだった。が,池袋まで来てみれば,駅員が運転再開の見込みは全く立ってないとのコメントを繰り返すのみ。傍らのテレビでは,JR 運転再開の報道。まあ,世の中,こんなもんだろう。さて,一旦切符を見せて外に出よう。え?こんなに並んでいるの?仕方がないので列の一番最後に並ぶ。

 と,そこへ,..「おい,そこのおばちゃん,なんで列に横から入ってるんだよ」。おばちゃん,オレらの後ろに,.。「って,違うよ,オレらの後ろに行けってことじゃね〜よ,列の終わりはもっとずっと向こうだよ」。聞えない振りをして視線を泳がすおばちゃん。「おい,ばばぁ,シカトかよ。そういう態度は人間としてどうなんだよ!!」。クズだった。

 改札を逆流して,一旦駅の外に出て,二人で相談して,レンタカーはどうだろうか?という話になる。池袋の近くのレンタカーの会社を当たるが,誰もが同様のことを考えているらしく,予約が一杯で一台も残っていないと。いろいろと考えて,都心から外れればレンタカーも借りられるのではないかと,運転再開している東武線で川越を目指す。それにしても,ほぼ同じ路線を走っている JR は「安全確認を行っている」とのアナウンスを繰り返すばかり。少しは私鉄を見習って欲しい。

 川越に着いて,駅の近くのレンタカー会社を訪ねるが,「ここに車を戻してくれるなら貸すけど,乗り捨てではダメ」とのこと。地震で壊滅的な被害を受けている土地にわざわざ向わせて,車が回収不能になるかも知れない事態になっては困ると。なるほど,そりゃ,もっともだ。レンタカーは諦めて,路線バスで大宮を目指す。結局,路線バスを2本乗り継いで大宮に着く。バスの中から,バスの前を走るローディーを眺めて,「ああ,あんな自転車があれば福島までは楽勝なんだけどなぁ」などと考える。

 さて,大宮から今度は宇都宮を目指す。が,どう調べてもバスはない。JR も運転していない。仕方なく,駅前の JTB のオネイサンに,「ここから宇都宮まで行くにはどうしたらいいの?バスとかはないの?」と訊ねれば,親切にいろいろと調べてくれて(惚れてまうやろぉ〜〜!),東武線を使えばいいということに。調べてもらった路線を頼りに,東武野田線で大宮から春日部まで,東武日光線で春日部から新栃木まで,東武宇都宮線で新栃木から東武宇都宮まで移動。途中,東武宇都宮線が動いていないんじゃないか?とのツイッター情報がもたらされたが,幸運にも動いていて助かった。それにしても,知り合いからツイッターで様々な情報提供やら支援の手が差し伸べられたのは,有り難い限りだった。

 東武宇都宮駅から JR 宇都宮駅までは徒歩移動。かなりの距離があった。JR 宇都宮駅を見た時には小さなガッツポーズ。小さいけれど不思議な達成感を感じた一瞬だった。既に午後4時過ぎだ。

 さて,ここからどうするかを考える。バスを調べる(詳しく調べられなかったが)と路線バスではとても繋ぐことは不可能であるらしいことがわかった。そこで,ここでもレンタカー会社に訊く。そうすると,黒磯で乗り捨てるなら貸しても良いとのこと。県境を越えてはいけないということらしい。なので,そこからはまた考えることにして,取り合えず,黒磯まではレンタカー移動を決めて,そこから先は行き当たりバッタリで。明日の朝手続きに来ることにして,一旦ホテルにチェックイン。

 もうジタバタしても仕方ないので,晩飯代わりに,近場で餃子と生中をやっつける。その後,靴下らやパンツやら,明日の朝飯を求めて近くのコンビニに行ってみるが,食料はほぼゼロの状態。2軒廻って,かろうじてカップ麺と酒少々,靴下,シャツ,パンツなどを入手。

 部屋に戻って,部屋の電話から女房に掛ければ繋がった。固定電話からだと繋がるようだ。いろいろ相談したら,なんと女房が宇都宮まで来てくれると言う(驚)。危ないからいいよと言ったけど,大丈夫と言うので,じゃ,お願いすることにして,決して無理しないでくれと伝える。その後は軽く呑んで寝てしまう。

 宇都宮で考えていた最後の手段:ママチャリと簡単なウェアを購入して,R4 をなんちゃってブルベで福島まで。一人なら間違いなく決行しただろうけど,東北大の知人に同じことをさせる訳にも行かず,..。何度か提案してみたけど,お前のようにはいかないと(苦笑)。

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3月13日(日)晴れ,北帰行2日目

 起床は4時。メールをチェックすると7時前には宇都宮に到着しそうだとの女房のメールが。ここからの運転があるのでもう少し寝ておくかと思ったけど,寝付けないので朝飯とシャワー。そのままテレビでニュースを眺めていて時間を潰す。

 6時半頃にチェックアウトして,しばらくして,フロントの外を見れば,路上駐車した見慣れた車が,.。7時前にホテル前に女房到着。まさに,地獄に仏とはこのことか!女神様に見えるぜ!!(笑)

 7時頃に東北大の先生を乗せて3人で出発。飲み物とか食い物も積んであって,至れり尽くせりだけど,食ったら眠くなりそうなのでコーヒーだけもらう。市内を走って,R4 へ。R4 を北上開始。ガソリンが入手困難とのことで,給油可能なスタンドがあれば必ず寄るようにとの女房の指示。まず,一軒目,10分ほど並んで2000円分だけ給油。その後,反対車線に営業中のスタンドを見つけて,逆走して入店。レギュラーは売り切れとのことでハイオクを満タンにする。これで,無給油でも仙台から米沢へのルートは心配なし。

 福島に入った辺りで渋滞回避のために側道に迂回。そしたらその道の両側がひどいことになっていた。倒壊家屋,壁の崩落,屋根瓦の破損,塀の倒壊,舗装路の亀裂,液状化などなど。一見家屋に被害のないように見えても,屋根の瓦などは圧縮されてはじけ飛んだような感じになっているところが多かった。ブルーシートを被せた屋根の家が多数目に付いた。マンホールが道路上に数十センチも飛びだした個所も多数。

 福島の医大近くの伏拝では土砂崩れのために R4 が通行止め。ここで1時間ほどの渋滞。二車線から一車線になるような渋滞の場合,図々しい奴が得をするようだ。

 福島市内に入って,ゼビオスポーツでトイレ借りようとしたら,水が出ないからと断りやがる。小便だけどって言ってもダメ。この非常時にテメェのことしか考えない店だなぁ。頭に来たから,二度と買い物すまいと誓う。「ガンバレ!オレの膀胱!!」とつぶやきつつ,女房の実家に寄って安否を確認。実家近くの交差点では道路が陥没した箇所に車が嵌り込んでいた。女房の実家の辺りは,電気は通ったが,水はまだとのこと。生活の方は大丈夫とのこと。トイレを借りてから,直ぐにスタート。R4 を再び北上。

 大河原辺りから信号が消えている。所々舗装も崩壊。仙台市内中心部はやばそうなので,長町辺りから富沢方面へ。午後3時過ぎに富沢辺りで,ここからなら歩いても帰られると言う東北大の先生を下ろして,妹夫婦の家を訪ねる。家も家族も無事を確認。付近には液状化に伴って泥が噴出したらしき跡が沢山あったし,舗装にヒビが入った箇所もあった。義弟はガソリンを入れに出ているとか。2千円分くらいしか入れてくれないらしい。ここまで来る間にもスタンド渋滞が多数。でも,進んで行けば,当のスタンドには「売り切れ終了」の看板のある場合が多い。福島の女房の実家から頂いた食材をお裾分け。

 それから R286 を秋保方面に向い,途中から名取方面へ。ゆりが丘に行って,義兄夫婦の無事を確認。ここでも,福島の女房の実家から頂いた食材をお裾分け。そのまま角田市の実家までひた走る。信号の消えている R4 への合流,特に右折は気を遣い,恐怖すら感じる。車が停まってくれないからだ。

 大河原の裏道を使って実家まで移動。途中では沢山の墓石の倒れている墓地があった。実家までの県道は舗装が僅かにダメージを受けた程度。午後5時少し前に実家に着いて,両親の無事を確認。実家は停電断水で大変そうだが,田舎なのでご近所の方々があれこれことお世話してくれるそうで有り難い限り。ただ,基地局が潰れているようで全ての携帯のキャリアは圏外で使えず,固定電話も不通。これじゃ,何かあっても連絡しようがない。持ってきた水を置いて,また,少ししたら来てみるということで帰途に就く。いざとなったら,自転車で来る積もり。

 七ケ宿辺りで,意識を失いそうに眠くなったので,最後の部分だけ女房に代わってもらって,7時頃に米沢着。長い出張になった。でも,無事に帰ることが出来て何よりだった。

 帰宅後,自室を見ると,ひどいことになっていた。棚の本やら CD やら DVD やらが落ちて,足の踏み場もなくなっていた。片付けに2時間。性も根も尽き果てて就寝。

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2013年2月 1日 (金曜日)

【過去記録】2011/1/31 の日記より

 2011年1月31日の日記から拾った「1月の総括」。我ながらビックリだ(笑)。

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 月走行距離:1721 km,内訳:ロード 0 km(0日),ローラー 1721 km(31日)

 1月にしてはそこそこの距離が踏めた。もっとも,全てがローラーではあるけど。実走は,この時季,いろいろな理由から難しいけど,今年は特に福島の中通りでもこま目に雪が降って,なかなか出ていけなかった。それにしても,ローラーの一日平均距離が55.5キロってのも,我ながらなんだかなぁと思う。時速 30km として,57時間ほど。一日平均1時間50分ほど。これは,朝晩二回のローラーのせい。

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 あの頃は若かった,今よりも(当たり前だ:笑)。この頃はローラー 100km 走を月に何度もやっている。約3時間のハツカネズミごっこ。我ながら,バカじゃないのかと,..。ただ,この頃はローラーの勾配負荷は2%で,現在の3%よりも低い。体感的にはあの頃よりもパワーは出ているような気がするのだけれど。ただ,ケイデンスは今よりも 10rpm ほども高いようだ。う〜ん,正確ではないかも知れないけれど,表示されるワット数は今の方が大きいような気がする。とまあ,バカ日記も継続すれば,こんな比較も出来るメリットはある。

 ちなみに,昨年はどうかと言えば,...

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 月走行距離:1061 km(2120円),内訳:ロード 44 km(1回),ローラー 1017 km(23回)

 スーパーレコード並の大寒波がこれでもかと襲来し,揚げ句に実家の親父は病に倒れ,入院・手術で,その付添,さらに,なんだかんだと本業も忙しく,ほとんど乗れなかった。走らないよりはマシと言う程度の走行距離。長年掛けて培ったパフォーマンスを何とか低下させない最低限度のエクササイズと言ったところ。が,そういうことも人生にはある。

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 既に劣化は進行中のようだ(苦笑)。ロードの一回は,初日の出ランだろう。金額は,震災復興への寄付金。走行距離に応じて金額溜めて,三陸の牡蛎養殖とかに寄付した。今は,復興予算に給料の7%を削られたので,止めてしまったが(苦笑)。

2013年1月10日 (木曜日)

【過去記録】2012BRM602青葉200km十和田(ブルベ当日・後半)

 さて,桂月でバラ焼き定食を食し,マッタリと休憩してしまった。普段のなでら男のブルベスタイルとはかけ離れたブルベとなった。いつもは休憩などしないで,セカセカと走ってしまうのだが。それもこれも,十和田&八甲田の絶景&晴天のなせる業(幸)。

ウ○○を我慢して震えた後は,八甲田のブナ林の美しさに震える:

 ここからいよいよ八甲田ゴールドライン。一番楽しみにしていたコースである。登りが続くが,周囲はブナ林がつづき,思わず「ホ〜〜〜ッ!」っと声が出る美しさ。ブナの新緑の「緑」の美しさを堪能。

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 標高が上がるにつれて,残雪が増えてくる。

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 樹木は日光が当たれば温まるので,その輻射熱で樹の周囲の雪は先に融け始める。これを「根回り穴」と言うらしい。秋田のマタギは,これを「根開き」と呼び,春のクマ猟の目安になるとか。

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 ブナというのは,森林の行き着く最終形らしい。この辺りは二次林(植樹で作られた森?)とか書いてあったが,この鮮やかな新緑は,ウ○コを我慢して震えたおっちゃんの心を十分震わせてくれた。最高だ!!八甲田のブナ林!!!ヽ( ´ー`)丿

 さらに登ると,今度は,トドマツ(だったかなぁ?)との森林の境目が見えてくる。青空と森の色,そして残雪の白とのコントラスト,..もう,おっちゃん,何が何だかわからないほどに大喜びするのだった。

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 ブナとマツの森林境界と残雪,そして青空に向って伸びる八甲田ゴールドライン,そこを一人行く,ランドヌール。まさに,一幅の絵である(クリックで拡大)。

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 ミズバショウの群生地まで現れて,おっちゃん,さらに狂喜乱舞(クリックで拡大)

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 ふと,残雪の壁を見ると,スタッフからのメッセージが,..「がんばれ!十和田200」と(クリックで拡大)

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 やがて,雪が融けて消えてしまうメッセージ(クリックで拡大)

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 そして,傘松峠に到着(クリックで拡大)

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 おっちゃんの背中から「満足オーラ」があふれておる(笑)

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 AJ 北海道の面々。

 ここからは豪快なダウンヒル。時間もなくなってきたので酸ケ湯をパス(残念〜〜!)して,先に進む。登り返して,PC2 の銅像茶屋に到着。

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 今回の COPPI には SPD ペダルを付けてあり,シューズはマウンテン用のツーリングシューズ。それもこれも全て,...

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 この後藤伍長にお会いするため(笑)。お久しぶりです。八甲田は変わりないですか? 伍長の銅像が見つめるのは,青森五連隊が遭難した方向。

 あまり時間に余裕がないので,先に進もう。ここから先にも,是非見たいものがある。この場所を走るのは実に20年振りだ。20年前には,こんな立派な看板はなかった。あのときには,下の画像(第一露営地)で,看板の左後方に写っている,コンクリート製の碑だけだったと記憶している。20年前の写真があるはずだと探してみたが,どこに行ったものやら,皆目見つからず。誠に残念無念。

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 110年前の青森第五連隊の八甲田山での雪中行軍での露営地跡である。この二箇所の露営地は数百メートルしか離れていない。吹雪きの中を朦朧と彷徨った結果だ。その昔,この地で,志し半ばで亡くなった199名もの兵士に軽く黙祷を捧げる。

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 県道40号から眺める,八甲田連山(クリックで拡大)。生憎,山の名前はわからん(苦笑)。

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「田代〜増沢」,これを映画・八甲田で何度聞いたことか(笑)。ここから先は,八甲田の景観の余韻を味わいつつ,フィニッシュ地点に向う。

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 こんなものも見つけた。弘前第三十一連隊の雪中行軍の案内役を讃えたものらしい。

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(クリックで拡大)

 最後の農道のアップダウンを越えてゴールへ。いや〜,楽しかった。

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 満足したおっちゃんは,タンパク質と炭水化物とコーラを補給。これから,後夜祭に後ろ髪引かれつつ米沢に帰るのである。

 駅まで戻り,コインロッカーから荷物を回収し,ちょっと離れた風呂まで走り風呂に入って汗を流す。駅まで戻って輪行準備。その後は,八戸駅で,缶ビール呑みつつ,お土産物色。酒はなんか今一つだったので,名物の鯖などを買ってみた。さらに,バラ焼きのタレも買い込む。

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 鯖寿司とハイボールを愉しみつつ,楽しかった二日間を振り返る。来年も,また走りたいものだ。

【過去記録】2012BRM602青葉200km十和田(ブルベ当日・前半)

 起床は3時40分。案の定,酒など完全には抜けている訳もなく,胃の辺りにはムカムカ感が残留。明らかにまだ酔っ払ってるやろ〜〜〜・・。が,200km を走るのに何も食わずにスタートする訳にもいかずに,4時頃にホテル近くのコンビニに朝飯の追加購入に出向く。が,なんということか,棚は前日の夜と同様の空っぽ。訊けば,5時半頃に入るとか。あまり需要がないからだろうなぁ。仕方ないので,カップラーメンを一個購入。部屋に戻って,昨夜買っておいたパンとともに食した。走るためだけに詰め込んだというのが正直なところ。

まずは,お腹の調子の悪さに震える:

 取り合えず,Garmin による走行記録

 4時半過ぎにチェックアウトして,ホテルを出ると,ホテルの玄関でロードを組み立て中の方がいた。今回のなでら男と同じ,復興支援ジャージの方。昨夜,遅くに到着したとか。で,今夜の懇親会に参加されるらしい。輪行袋を担いだまま,スタート地点の八戸駅東口駅前広場まで移動。

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 既に何人かのランドヌール,ランドヌーズ達が準備を始めていた。福島のちゃりけん氏もいる。訊けば,下道を車で来たとのこと。あまり寝ていないとか。二日酔いの具合の悪さに時折顔をしかめつつ,自転車の準備。終わって,荷物を駅のコインロッカーに預けてくる。これで一応準備完了。

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 まあ,ピンボケだけど,雰囲気は伝わるだろうと,..(笑)

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 青葉の自家製のブルベカード

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 そして,ブリーフィング。ボケーッとして,あまり聞いていなかったりして。

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 某雑誌の編集長のブルベ用マシンなどを徒然なるままに撮影。

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 地元コーディネータである,某大学の学長様のコース説明。

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 道路向いのローソンに買い出しに行って,集合場所を眺めれば,...。

 スタートは6時だが,準備の終わった人から,少し早い時間でも適当にスタートするという緩さ(笑)。やっぱり,集団で走るのがイヤで,少しだけ頑張って単独走行になる。今回はコマ図やらキューシートは使わずに GPS に従って走行。市街地を抜けて,途中 R4 を走る。4号線はとにかく嫌いなので,早く終われと念じつつ,..。4号線を外れて,県道104の秋田街道に入った辺りでようやく気持ちも身体も落ち着いてきた。

 ここら辺りから次第に道は登っていく。ニンニクで有名な田子町を通過。

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 右も左もニンニク畑(クリックで拡大)。前方に一人ランドヌールが,..。

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 ユニークな案山子というか,看板というか,..(クリックで拡大)。天気はいいし,気分は最高である。

 町を抜けて山に近付くに従って勾配は増えてきて,スピードは落ちてくる。とともに,なにやらお腹の具合が悪くなってきた。呑み過ぎの後遺症らしい。平たく言えば,「(あまり切羽詰まってはいないのだが)ウ○コがしたい〜〜〜!」という状況になってきた。山間部のコースに入る前にトイレがあったのだが,経験的に,そのうち治まるだろうというレベルだったので,何気なくスルーしてしまった。

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 鹿角街道というらしい。この辺りは,便意もまだそれほどでもなかったのだが,..。

 この辺りから,ちょいと本格的な登りが始まる。うねうねと5〜7%くらいの登りが続き,所々に本格的なスノーシェッドがある。

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 通り抜けてきたスノーシェッドを上から見下ろすの図。この辺りも,まあ,それほど切羽詰まってはいなかったが,治まると思った便意は一向に治まる気配がなく,あまつさえ次第に高じてくる気配すらある。これはどうしようもなくなれば,草むらに駆け込むことになりそうだ。が,紙がないことに気付く。う〜む,神(紙)に見放されたときは,自らの手で運(ウン)を掴めとかいう「ベタ」な文句が頭に浮かぶ。場所が場所だけに,「天は我を見放した〜〜〜!」ってな事態は避けたいものだ,..。

 なんてバカなことを考えつつ,ピークを越える。ピークのスノーシェッド(だったと思うけど)には,スタッフが先行しており,なにやら写真など撮られた(ような気がした)。

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 降っていって,やがて,ああ,この道に出るのか〜と気付いたのは,発荷峠から秋田の方に下ってくる道。GW の最後の日に走ったコースに出た。ここから発荷峠に登る。が,ここら辺から,寄せては返す波の如く,間断なく押し寄せる便意の波に浚われそうになること幾度か。よほど道端の木陰に駆け込もうかと思ったが,いや,登り切った PC にトイレがあったはずだと思い直して,必死に我慢。時折襲ってくる大波に震えつつ,あまり力の入らないヒルクライムの末にようやく発荷峠の PC1 に到着する。大勢で待っていてくれるスタッフとの会話もそこそこに強ばった表情のままにトイレに,...。いや〜,天は我を見捨てなかった!!(笑)

 ホット一息吐いて,スープやパンの差し入れを頂く。ブルベの PC で補給の差し入れが頂けるとは,...と感激一入。大変美味しゅうございました。いろいろな意味で生き返りました(笑)。そんなこんなで PC での画像がないという,..。

 ここから下ったところに十和田湖が一望できる「発荷峠」の道標がある。

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 先だっての GW のときには,何も見えなかった(下の画像)。

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 季節は一月しか違わないんだが,木々の緑が全く違う。それにしても,自分自身,一月のうちにまたここに来ることになるとは夢にも思わなかった。

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 十和田湖が一望できることを知った瞬間(クリックで拡大)

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 いや〜,サイクリングはやっぱり,こういう天気じゃないとなぁ(クリックで拡大)

 名残惜しいものの先を急がねば。十和田湖まで下る。湖畔を走り,ちょいと寄り道する。

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 一月ぶりだ(笑)。

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 天気がいいとネコもご機嫌である(笑)。

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 奥入瀬渓流沿いを降る(クリックで拡大)。この下りで,カマノ隊長に追い付かれて,その後,ゴールまでカマノ隊長とご一緒した。

 奥入瀬の入口にある「桂月」で,名物・バラ焼き定食を食す。スタッフからの指令であるので,寄らない訳には行かないのだ(笑)。

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 店では,AJ 北海道の方やらが一緒。たしか,小口径車で参加のまるよさんもご一緒だったはず。ここで,某氏の食い逃げ事件が起こる(笑)。AJ 北海道のお仲間によって支払いが済まされ,追っ手は掛からなかったようだ(笑)。

 そして,この後,いよいよ八甲田の核心部に入る。ここから先を走りたくて参加したと言っても過言ではない(笑)。

 激しくつづく

【過去記録】2012BRM602青葉200km十和田(前夜祭まで)

 以下は,既に消滅した「なでら男の日々是修行」というアップルのサーバー上にあった HP の記事の転載です。冬場はネタ切れなので,徒然なるままに,昔語りでも,..。おっちゃんは昔話が好きなのです。

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 起床は4時過ぎ。朝の体重は 74.9kg と増量。呑んでいる限り何やっても減らんな。さて,今日は朝一業務をこなした後で,明日の準備をして,午後からは移動。明日は,BRM602十和田200km を走ってくる。GW から続く,東北復興支援サイクリングの締め括りの積もり。ちっぽけで全く些細なことだけれども,そういう意識だった。

八戸に移動,そして前夜祭で燃え尽きる:

 午後は早引けして,明日のブルベの準備と移動。一応,「山岳」の名前が付いているブルベなので,軽量の COLNAGO を持ち込もうとしていたが,チェックしてみるとリアホイールのリム部の摩耗が激しく,リムの摩耗をチェックするためのマーカーも既に見えなくなっている状態。まあ,多分,200km 程度は問題なかろうと思うけれども,そういうときに限って何か起こったりするのも世の常。なので,大事を取って,COPPI を持ち込むことにした。これなら,ライトがどうだとか,全く考えなくていい。

 米沢駅まで自走して早めに到着。なにしろ,輪行準備の手際がいつまで経ってもよくならないのだ。なので,駅では40分くらいは時間を取るようにしている。まあ,そんなには掛からないけど,焦るとロクなことが起こらないので。乗る予定のつばさは臨時列車なので,いつもとはホームが違う。持参した文庫本など読みつつ,列車を待っていると,...「つばさ**が隣の駅を5分遅れで出発しています」とアナウンス。え?5分遅れている?なんで?福島駅で「やまびこ」に乗り換えなくちゃいけないんだけど,乗り継ぎの時間が8分しかないんだよね。

 米沢駅に到着したときには既に6分ほどの遅れ。なんか,やばそうなぁと思いつつ乗車したが,一向に発車する気配なし。「安全を確認してます」というアナウンスが流れるばかり。ようやく発車したのは予定時刻から13分遅れ。これは拙いと,車掌室まで行き,訊ねれば,「現在,福島駅で(やまびこに)待ってもらえるように,交渉中です」と。いや,その先も仙台で5分ではやてに乗り換えなけりゃならないんだが,..。その後,全く車掌からのアナウンスなし。やきもきしていると,あれ?いつもよりもスピードが速いような気がする,..。福島駅に7分遅れで到着。おお,つばさの運転手,頑張った!やれば出来るじゃないか!!

 輪行袋を抱えてホームを走り(幸い,同じ並びのホーム),ギリギリで先頭車両に飛び込む。その後,指定席まで5車両分ほどを自転車抱えて移動するのが面倒だった。やれやれと車内販売のビールを片手に一息つくと,「間もなく仙台です」と。見れば,福島仙台間って19分なのね。急いで呑み干して降車準備。

 仙台で予定通りにはやてに乗車。これで今回の遠征ブルベの一番の目的(?)の「前夜祭」に予定通り参加できる。落ち着いて,二本目をプシュっと。ちょっとトランヴェールを眺めていると八戸到着。米沢から2時間半だよ。二日ほどかけて青森まで自転車で走ったけど,まるで次元の違うスピード。だけど,この次元の異なる二つのスピードの乗り物ってのは,人間にとって必要なんだよな,多分。

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八戸駅は新幹線で来るのは2回目かな,...

 ホテルは駅前なので,自転車は明日の朝に組み立てることにして,輪行袋のまま持参してチェックイン。室内に入って,なんかえらくデジャビュ感があったので,なんでだろうと考えていると,...3月の東京出張でも同じ系列のホテル(東横イン)に宿泊していたことに気付いた。だから,iPhone の Wi-Fi がパスワード入れなくても繋がったのね。そういや,あの時もブルベな方々と呑んだっけ(苦笑)。7時少し前に前夜祭会場に向かう。ホテルから徒歩1分なり。

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思わず,ジュルッとなりそうなお品書き,..ツボに嵌まりまくりの店だった

 Twitter で HN をお聞きしたことのある方々とか,フォローしている方とか(笑)。自己紹介含めて楽しい宴だった。それにしても,日本酒を呑んで「アミノ酸ローディング」というのは初耳だった。個性的(別の表現では,「おかしな,..」)方々が多すぎるのも,この業界の特徴。お陰で,一升瓶が2本も空に,..。それにしても,何気に平均年齢が高い。VCR青葉のスタッフの方々は今日試走されたそうで,ちこりんさん(で,いいのかな?)の言葉によれば,「国内の200kmブルベの中で3本の指に入る絶景コース」とのこと。益々,明日が楽しみになってくる。

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酒も肴も大変美味しゅうございました

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 明日は走るので,一次会で帰るものと思っていたら,みんなで駅前のラーメン屋で〆ラーメンとか。こちらは少し呑み足りないのでビールと餃子を追加。その後駅前のローソンで朝飯の買い出しをしようとしたら,何もない。仕方ないので適当にパン類と,..酒とつまみを購入。同じホテルに宿泊してた,AJ 北海道の方と,12時過ぎまで部屋呑み。結局,酔っ払い完成形に近い状態になり,寝たのは12時過ぎ。明日は,4時前には起きなければならんのに,...