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2014年5月 3日 (土曜日)

重さと運動と天気05/03/14【親父が逝った】

 4月24日に親父が逝った。早朝に,お袋から様子がおかしいとの電話を貰い,その日の講義を休講にして,朝から実家に移動。何もなければ,25,28日の二日有給を取ったので,24日の夕方から実家入りする予定だった。午前10時前に実家に着いた。親父は,既に肩で息をしている状態だった。血圧は測定できないほどに下がり,既に意識も昏迷状態なのか,虚ろな瞳を天井に向けて,こちらの呼びかけにもほとんど反応しない。が,時折,目に光りが戻り,こちらを見て,「おっ!」という表情をした。そんな状態が2〜3時間続き,午後1時頃になって,呼吸が時々止まり,そして再開するような状態になった。いよいよな様子なので,訪問看護にその旨を電話する。呼吸の間隔が次第に長くなり,やがてそれが二度と再開しなくなったのは,午後1時35分だった。夜中に何度も,「殺してくれ〜」と叫んでいた苦痛から解放されてホッとしたような死に顔だった。

 仕事(理容業)にもほぼ見切りをつけて,孫に囲まれての悠々自適の生活を愉しんでいた親父の体調が悪化したのは,震災直後に,直ぐ上の姉の旦那さんの葬儀に行った頃からだった。新幹線も動いていないので,オレの運転する車での東京往復だった。帰ってきてからしばらくして検査入院することを知らされた。入院先は宮城県の仙南中核病院。そこで,散々検査をし,さらに開腹生検までした結果が,「原発不明の癌」という訳のわからない見立て。それからは,入退院を繰り返した。その親父の病名がようやく明らかになったのは,オレ自身も受けた検査,ERCP によってだった。膵管内から腺癌細胞が採取された。結果は,膵臓ガン。こんな病気が分かるまでに,なんでここまで時間が掛かったのかと,医療機関の能力とシステムに不信感も抱いた。親父の全身状態を考えれば,手術,抗がん剤などの適用は不可能。この時点で,いわゆるターミナルケアということになった。

 昨年4月に東北大学病院で医師に言い渡されたのは,「余命半年くらいでしょうか」の言葉。多分,もう年は越せないだろうなと覚悟した。次第に歩けなくなっていく親父は,介護のための周囲環境を整えて,お袋主体の老老介護の状態に入った。オレも妹夫婦も実家詣でが頻繁になる。一番心配したのは,昨年夏のオレの入院手術の時。親父に「頼むから,オレが入院中に死なないでくれ」と言った。親父も低空飛行ながら,なんとか年を越した。

 2月頃からは,衰弱はさらに進み,他の人の肩を借りなければトイレに行けなくなった。お袋にまで倒れられては,ちょっと(どころではないけど)困ったことになるので,週末は実家で過ごすようになった。夜は寝ていても,親父のうめき声やトイレの要求などでまともに寝ることも出来ない。これはちょっとしんどかった。

 3月末に一度虚血性の脳梗塞状態とやらに陥り,あわやという状態になったが,なんとか持ち直した。だが,このとき逝った方が,本人にとっても周囲にとっても幸せだったかも知れない。

 ここから亡くなるまでのほぼ一月は,多分,地獄の苦しみだっただろう。本人にしかわからない身の置き所のないらしい痛みに連日連夜苛まれることになる。苦痛のあまり,「死なせてくれ」「殺してくれ」との要求が頻繁になる。が,こういう場合,第三者的視点を持たないと大変なので,敢えて突き放した。「もう直だから,我慢しろ」と。ひどい息子だと思うが,そんなことでも言わないと,やもすれば同じステージに立ってしまう。間もなく死ぬ人間よりも,これから生きていく人間の方が大事だ。

 そして,約3年の間患った親父が逝った。それからが大変だった。人間一人が生きてきて,社会との間にできた繋がりを一つずつ消していくのが,これほど面倒なことだったとは,.。さらに,こちらの神経を苛立たせてくれたのが,徒に年齢を重ねた老船頭が多数いる,形骸化した田舎の互助会システムだった。一言で言えば,田舎は面倒臭い(苦笑)。26日に通夜,27日に火葬,葬儀,納骨,繰り上げ法要,28日の早朝墓参り(5時半開始で,近所の方々をお墓でお待ちする),29日の逮夜,そして30日の初七日(朝5時半墓参りで,近所の方々をお迎えする)が終了。ようやく一段落した。

IMG_6124.jpg

 親父,安らかに!合掌

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コメント

お父様のご冥福をお祈りいたします。
ご苦労様でした。

koji さん

ありがとうございます。次の峠は,四十九日です。^^;

御悔み申し上げます。

お父様の痛みは、私が経験したのとは比べものにならない位酷いものだと思います。
それでも私は「死なせてくれ」「殺してくれ」と思いましたし、もしかしたら家族に喚いていたかも・・・いや、わめいていました。
なでら男さんの偽りない家族の言葉が身につまされます。


なでら男さん、大変お疲れのご様子ですのでお身体を大事になさってください。


お父様の御冥福を心より申し上げます。

ヒュウヒュウおじさん

ありがとうございます。
正直,最後の一月はかなり神経を削られた感じです。
とにかく,ひどいようでも第三者的な気持ちにでもならないとどうにもしんどくて,..。

疲れといっても,お袋などに比べればなんということもないものと思います。
なんだか,親父も含めて親戚の伯父さん伯母さんが,ここ3年ほどで4人が亡くなり,それが全て 84 - 85 歳なので,他の伯父さん伯母さんのことも結構気に掛かります。まあ,そういう年回りということなんでしょうけど,...。

ヒュウヒュウおじさんも,お体大事になさって下さい。

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