2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

GPV予報

趣味

最近のトラックバック

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月の32件の記事

2013年8月31日 (土曜日)

手術のこと

 さて,体調が快復するとともに,入院生活にも余裕が出て来た。ようやくといったところである。だが,あまり,のんべんだらりと過ごしていると社会復帰に支障が出るかも知れない。いや,個人的には復帰せずともいいような気がし始めているのだが,周囲の人間や家族は許してくれないだろう。

 そんな訳で,10月からの生活に向けて,懸案事項のいくつかに対処すべく,専門書をひも解き,ノートを開いた。が,一向に頭に入ってこないし,やる気が起こらない。困ったものである。仕方がないので昼寝でもするかとベッドにひっくり返ってみたが,長々と昼寝しては,またぞろ夜が眠れずに辛い。じゃ,本でも読むかと読みかけの本を開けば,流石に活字に少々食傷気味にもなっている。ちょっと八方塞がり的な「絶対的退屈」に覆い尽くされた,入院26日目の午後だった。

 何もしない贅沢などと,よく巷間で言われるが,そんな生きているか死んでいるかわからない状態など真っ平だ。さて,どうしようか,..。

 あ,そうだ,術後数日間が空白になっている,...。

ということで,ボツボツ加筆しておくか。ただ,改めてカレンダーの日付を埋めるというようなことはせずに,適当な名前のエントリーを追加していく形態にしたい。

 さて,それでは,ストレッチャーに乗せられて,3階の手術室にドナドナされていく辺りから始めよう。生憎,術後からしか写真はない。

===========

 まず,手術時,手術台の上では基本的に「すっぽんぽん」である。なので,すっぽんぽんになってから病院のパジャマを着て,その格好でストレッチャーで手術室や ICU のある3階に連れて行かれる。こんな格好で10時半過ぎに家族(女房&長男)とともにエレベータに乗り込んだ。

 3階でエレベータを降りると,家族とお別れ。こちらは手術の準備室のようなところに入っていく。そこで,別の台に移される。で,この時に着ていた病院のパジャマを脱がされて,すっぽんぽんにされ,タオル一枚かぶせられた状態になる。ここで,台を移る時には,なにやら面白い装置を使った。ちょっと巧く文章で表現するのは難しいが,へ〜〜・・,よくこんなもの考えたなと感心するような装置。言ってみれば,薄いベルトコンベアのようなもので患者の体を一つの台からすくい取って,別の台の上に送り出すような感じ。ここで,氏名,生年月日,手術する部位などを訊かれ,書類との整合性を確認される。取り違えて手術などされては堪らんからね。

 そして手術室(だと思うけど)へ。これが無影灯かなどとキョロキョロしていると,手術台の上で横向に丸くなるように指示される。背骨の辺りをゴシゴシと消毒された。そして口元にはガスマスクのようなものが当てられ,背骨にチクッとした痛みを感じた直後に意識はなくなった。これがおおよそ11時過ぎ頃かなぁ。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

 「***さん,***さん!」と名前を呼ばれたような気がして目が覚めた。口にぶっとい管が入っていて一瞬パニックになるが,直ぐにぶっとい管は引き抜かれ,次いで深呼吸。視界に手術室の無影灯が飛び込んできた。「おお,術中に死ぬようなトラブルもなく無事に終わったらしい」というのが最初の感想。気分は,長時間熟睡した後のように爽快。なんだ,手術なんて,こんなものかというのが正直な感想。時刻は5時少し前辺り?

 そのまま ICU に移送。そこで,24時間管理の下で1〜2日間を過ごすことになる。流石の機材である。

DSC07957.JPG

 ICU 移送直後の「なでら男 with 8本のチューブ and 計測機器」#いいのか?こんな写真撮って?>女房

DSC07963.JPG

 真ん中の長い絆創膏が手術で切り開いたところ。かなりの大工事であるにも係わらず,おおよそ18cm程度だろうか。患者はサイクリストなので,術後の QOL も考えて傷は小さめにと考えられたらしい。しかも,手術時間は,前後の準備を含めて6時間程度と,この手術では超短時間。手術自体は4時間程度で終えたらしい。小澤先生,名医!!

IMG_3133.jpg

 これが行った手術。小澤先生に描いて頂いたポンチ図に説明を付加したもの。胃のほとんどを温存しての膵頭部十二指腸切除術(PD)である。取ってしまうのは,膵臓の頭(十二指腸側)の部分と十二指腸,胆嚢,胃の幽門輪付近である。取ったあとは,空腸を引っぱり上げて,残った膵臓,胆管,胃を繋いでいく。なので,術後は胆汁,膵液などの流れと食物との混合過程も術前とは変わってくる。消化器外科の手術の中では比較的難易度が高く,身体への侵襲度も非常に高い(ベスト3の一つ)。なので,終わってから10日前後が実は大変なのである。翌日から,それを思い知ることになる。

 後日談ではあるが,食べ始めてみると十二指腸があることの有り難さがよくわかった。

 その続きは,また退屈凌ぎの別便で。

入院生活:26日目(術後17日)

 起床は2時少し前。ここ数日に比べると,比較的眠れた。午後8時過ぎから寝て,11時頃に一度覚醒,トイレに行って,その後2時まで。これだけ眠ればもう充分だ(笑)。2時から5時までは,音楽聴いたり,コッソリ読書したり,..。それにしても,マットレスがいくら優れていても,やはり長い時間になると,背中とか猛烈に違和感が出る。仰向けを避けて,横向になると,まだ微妙に「内臓痛」のようなものを感じるので,あまり長いこと横を向いていられないのも背中にダメージが蓄積する要因だ。さらに,仰向け状態が長くなると,暑い時など,背中に汗をかいて,汗もが出来てとても痒い(苦笑)。

 お腹の方は,五分粥になって,おかずも形があるものになると,少々消化不良気味のようだ。まだまだだな,...。

 外は明け方はガスっていたが,6時頃には予報に反して青空が広がってきた。

DSC08015.JPG

 病室から眺められる病院敷地内に散歩コースのようなものが作ってある。入院患者などが散歩するのかと思っていたが,これまで,そんな患者を目にしたことがなかった。そして,今朝初めて,そんな患者を目にした。よし,オレも,明日の朝から,..(笑)。7階から階段で降りて,散歩コースをグルッと回って,階段を登って戻る。数日間,メニューはこれかな(笑)。

DSC08014.JPG

朝飯は,昨日と同様の五分粥 100g と,その他。

朝飯後にリハビリを兼ねて,1階の売店まで階段で降りて,登ってきて,段々と温まったので,もう1往復。7階→1階を二往復で勘弁してやった。適当に息が弾んで,汗が出てきたので,術後初めてのシャワー。いや〜,気持ちいい。シャワー後に体重を測ってみれば,驚きの 68kg だった。入院前から6キロ減。筋肉が落ちたとは言っても,6キロも落ちれば流石に登りが多少楽になる。

IMG_3184.jpg

昼飯:

DSC08018.JPG

 七分粥 150g と一気に量が増えた。それにしても,何故,タマゴボーロなのか(笑)。お粥の味付けが何か欲しいところ。

午後のエクササイズ:

 午後は,まず東病棟と西病棟を八の字に3周して,さらに階段で1階へ。7階まで二往復。二往復目は,半分,一段飛ばしにして筋力トレ的に。やはり,大腿四頭筋の筋力がた落ちを自覚。まあ,あと一週間,階段登りを地道に続ける。10キロくらいのザックを背負ってみるかな。

珍客4:

 ボケッと窓から外を見ていたら,肩を叩かれた。「ん?」と振り返ると,変な格好をした人が立っていた(笑)。

DSC08019.jpg

 おお,pokky 氏ではないですか(笑)。いろいろな人がいるけど,レーパン&ジャージで現れたのはあなたが初めて!(笑)先日完走した LEL の土産話やら,今度の宮城 1000 の話やら,楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました。ロンドン土産に,ウィンブルドンのキーリングを頂きました。ありがとうございます。

DSC08021.JPG

 晩飯も昼と同様に七分粥 150g だ。当然。完食。20分掛けたが,もう少しゆっくりかな。でも,これ以上時間掛けると,食ったんだか食わないんだかわからん。早食いはいけないとは言うけれど,食事の充実度には,ある程度のスピードも必要だぜ。

2013年8月30日 (金曜日)

入院生活:25日目(術後16日)

 起床は,..深夜(苦笑)。朝からザーザー降りで,こりゃ今日は一日こんな感じか,..と思ったら昼前に雨は上がり,午後からは曇り。

 朝6時頃にトイレに行き,白っぽい有形の便が出てビビる。乏しい知識によれば,これは何らかの理由で胆汁が出なくなったときとかに出ると記憶している。でも,先週,あれだけ胆汁を吸い出しまくったのに,..。胆管が何らかの理由で詰まる(考えにくいけど),胆管と空腸の吻合部の問題?一過性かな? 続くようなら退院はないなぁ(苦笑)。

 昨日辺りからの尿量増大現象は,まだ継続している様子。

IMG_3183.jpg

 今朝は雲が厚く,その流れが速い。

朝飯:

 面倒なので写真はなし。三分粥 100g ,その他も噛む必要のないほどフードプロセッサでドロドロにされて供される。完食。

昼飯:

DSC08008.jpg

 術後五分に昇格。五分粥 100g,その他は見た通り。完食。この程度の量でお腹が一杯になって,苦しくて動けなくなる。まあ,徐々に慣れていくだろう。その後,午後3時頃になってもお腹の苦しさ継続中。充分,カミカミしたつもりなんだが,..。

珍客3:

 お腹が苦しいのでゴロゴロしてたら,見慣れぬおっちゃんがカーテンの陰から顔を出した。ハンチング帽を被った怪しいブローカーのような雰囲気(笑)。よくよく見れば,弁慶の親方ではないか(驚)。なんでも,お母様が入院中で今日退院だとか。そのついでだと。いや,驚いた。全く持って恐縮でございます。退院して落ち着いたら,店に伺います。写真撮り忘れた(笑)。

ようやくチューブレスの生活に,..:

 朝の回診時に主治医の小澤先生から膵管チューブを抜いてもらった。さらに,若い女医さんが鎖骨下静脈に設置された中心静脈カテーテルを抜き取ってくれた。これでようやく身体に繋がったチューブが無くなり,晴れてチューブレスの生活に入ることになった(嬉)。早速,どんなものだろうと7階から1階まで階段で往復してみた。脚がガタガタである。まるで,生まれたての子鹿のようだった(笑)。

晩飯:

DSC08009.JPG

 五分粥 100g である。みそ汁の中に具が入った。この量を30分掛けて食す。完食。かなりスピードを落としているが,やはり満腹感で苦しい。

 それにしても,今日は点滴を止めている訳だが,この量だけで一日の摂取カロリーはどの程度なのか? 1500kcal 程度?もっとかな?

2013年8月29日 (木曜日)

入院生活:24日目(術後15日)

 起床は,...深夜である(苦笑)。

お小水が,...(笑):

昨日は,午後からなにやら頻尿状態になり,1〜2時間ほどのインターバルでセッセとトイレ通い。食事も始まり,消化器の状態が改善するとともに,今まで不自然に溜め込まれた水分がこぞって排出され始めたような感じだ。成人の一日の尿量は 1.0 〜 1.5 リットルほどらしいが,昨日の尿量は3リットルオーバー。夜など寝ている暇がない。お陰で1時間強の「仮眠」を都合3回ほど取っただけ。

便器上で感涙にむせぶ朝:

 朝になってトイレに行って,大きい方を試みたら,実に久しぶり(手術当日の朝以来?)の普通の,形ある,一般的(?)な,ウンチが出た。あまりの嬉しさに,便器の上で感涙にむせび泣いた朝だった(うそ)。これで,あとは徐々に食事量を増やし,普通食に戻ったら退院できそうだ。あと,1週間くらいかなぁ。特に,不自由はないのだが,夜が長くてね。

そして基本は「退屈」:

 自転車の場合もそうだが,どんなに出来のいいサドルでも,同じような過重で 300km も乗れば,尻が痛くなる。それと同様に,どんなに出来のいいベッドのマットレスも同じような姿勢で寝続けると「背中」が痛くなる。いや,痛くなるというのとは,少しニュアンスが異なるが,とにかく辛くて横になっていたくない。横を向いたりの寝返りが自由にできればいいのだが,お腹からチューブが出ていたり,24時間点滴ラインに繋がれていては,自由な「床運動」は制限されている。そんな訳で,背中が凝るというかなんというか,とにかく仰向けに寝ることが苦痛になってくる。そんな訳で,5時頃になればブラブラと近所を歩いてみたりする。すると,同じような方が何人かやはり食堂やら廊下をウロウロされている。みんな,同じかなと思った次第。基本的に病院は退屈だ。

IMG_3178.jpg

 病棟7階エレベータホール前からの東南(?)方面。予報では,晴れだったが,..。

 本日,午後5時より,切除した組織の病理検査結果について,女房とともに主治医と面談。

朝飯:

IMG_3180.jpg

 重湯 100g,具なしみそ汁半カップ,牛乳半カップ,なんだかわからないジュース半カップ,佃煮海苔,塩。完食。昨日は,食った後で猛烈に胃が張る感じがしたが,今朝はそうでもない。

昼飯:

IMG_3182.jpg

 術後3分」と名付けられた食事。三分粥 100g,カボチャ,卵料理,お浸し(この辺り,全てかみ砕いた後のドロドロ状態),デザート,牛乳。言ってみれば,離乳食だな。完食。

晩飯:

DSC08005.JPG

 三分粥 100g,お浸し,野菜の煮物,タラの煮付け,ゼリー×2。離乳食を完食。いまだに箸要らず(苦笑)。

病理検査結果:

 晩飯と前後するが,女房と一緒に主治医から病理検査の結果を聴く。結論から言えば,いわゆる,アデノーマ(良性腫瘍)で悪性所見はない。周囲リンパ節への転移もなし。膵臓内の病変は直径 1.5cm 程だったとか。まだ,切らなくても良かったか(苦笑)。その場で,栄養指導の予約を入れる。この病気は,一度切ってしまったら,二度目はないので,残膵部に同様の腫瘍が発生することを避けるような普段の生活を心掛けねばならぬ。

 主治医によれば,余程のことがない限り週末には全粥に,来週には普通食になると。そうなったらもう入院している意味はないので来週の都合のいい日に退院しても良いですよと。オロロ・・・。先週,緑のゲロを吐きまくっていたとは思えない展開。まさに,V字回復状態。歩行スピードが先週に比べて格段に上がっているので,体調はドンドン良くなっているようだ。ということで,9/6に退院予定と相成った。

 これまで多くのお見舞いと励ましのコメントを寄せてくれた皆様に感謝いたします。残された病院生活を面白おかしく過ごそうかと思います(違)。

2013年8月28日 (水曜日)

久しぶりのシロカエル通信

 そういえば,手術やら術後回復などで後回しになっていたが,既にカエルになっている。

shirokaeru082813.jpg

 やはり,なんのカエルかよくわからない色合いだ。背中には緑色が出て来たが,...。

入院生活:23日目(術後14日)

 昨夜も眠れぬまま,本を読み続けて,朝を迎えた(笑)。睡眠時間はおおよそ3時間弱。寝た方がいいのだろうが,眠られないのだから仕方がない。そのうち,眠剤を処方してもらうかな。

IMG_3169.jpg

 一晩で読んじまった。池井戸氏の作品には外れがない感じ。最後には,不覚にもちょっと泣けたし。

 今日は,いよいよ昼から食事が出る。重湯かな?どうなることか,..。

術後初めての食事(?):

 お昼ちょっと前にガチャガチャと運んでこられたのが,これ!

DSC07997.JPG

 重湯 100g である。お椀には,具なしみそ汁半カップ,左上のピンクは,何やら砂糖湯のようなものが1/3カップほど,右はココアと牛乳,それぞれカップ半分。これを30分かけて食べた。これだけで腹一杯になるとは,..。普通の食事に戻るのに,2週間ほども掛かるのではないか?

 で,午後6時になって運ばれた晩飯が,これ!

DSC08000.JPG

 重湯 100g,お椀には,具なしみそ汁半カップ,左上のピンクは,何やら砂糖湯のようなものが1/3カップほど,右の黄色のカップはピーチジュースがカップ半分,そしてヨーグルト。佃煮の海苔と塩が付いていたので,今度は重湯に佃煮海苔を溶かして飲んでみた。佃煮の海苔を溶かした様は,色こそ違いこそすれ,先日,胃管で胃から吸い上げたものによく似ていて,ちょいと引いた(苦笑)。今度は20分程で完食。ちょっとスピード速過ぎ。気を付けなければな。

2013年8月27日 (火曜日)

入院生活:22日目(術後13日目)

 ようやく,PC に向う時間と気力が,...(苦笑)。手術が終わってからいろいろありましたが,術後7日目辺りから,胃と空腸の吻合部の鬱帯(切って,縫い付けられた部分が腫れること)による,一時的な狭窄状態になり,さらに,胃,小腸ともに健全な蠕動運動が始まっておらず,消化器内で出た胃液,胆汁,膵液などが下に流れ落ちずに胃に留まることに,..。この状態からどうなるかは火を見るよりも明らかで,夜中から朝まで7〜8回ほども吐き続け,その吐瀉物は,まさに「青汁」状態。胆汁に含まれるビリルビンが胃液によって酸化した色らしい。その翌朝からは,胃の内容物を全て吸い上げるように鼻から胃までチューブを設置された。

IMG_3139.jpg

 で,まず,早急に吸い上げてみれば,なんと2リットル近い量が出た。これでは胃が張って,吐くのもむべなるかなってところである。この状態で,この日から4日ほど過ごすことに。「胃管」はまさに罰ゲームの如きもので,ちょっと動くと咽の奥のポイントに触れて「オエェ〜〜〜!」となる。ストレスの塊である。医師によれば,ある日,スコーンとよくなるというのだが,...。

 4日後にホントにスコーンと良くなった。出なくなったのである。だが,胃がようやくまともに動き出しはしたものの,その下がいまだに愚図っている様子。胃の下辺りにボールでも飲み込んだような状態が,この後2日ほど続く。そして,いよいよ術後13日目になり,夜中に猛烈な胃痛。痛み止めを入れてもらって,ようやく微睡んだ。

 夜中に目覚めてみると,「うん?なんかスッキリしている。気分がいいぞ」という訳で,小腸の方も,劇的にステップワイズに機能改善。その翌日には,造影剤を使ってレントゲンで通過状態をチェックをして「問題なし」ということで,ようやく水分が「再解禁」となった。

IMG_3168.jpg

 早速,一階まで出かけて水とお茶購入。ついでに,無聊を慰めるために「BE-PAL」も(笑)。だがしかし,点滴で水分量が充分確保されているようで,飲んでみてもそれほど甘露という訳でもなく,...ちょっとガッカリ(苦笑)。

2013年8月20日 (火曜日)

御礼

手術当日、ならびに先日の術後経過のエントリーに対して、励ましのコメントを頂きました皆様に御礼申し上げます。本来、個別に御礼申し上げるべきところ、現在、原因不明の胃痛(だと思うのですが)に悩まされ、また、身体からまだドレインチューブが3本出ている状態で、ちょっとした動作もかなり時間のかかる状態です。そんな訳で、MacBookProを開く気にとてもなれません。iPhoneでは、入力が遅くてストレスばかりですし、… そう言った状況ですので、キチンとしたエントリーとコメントの返信はもうしばらくお待ちいただけますようにお願いいたします。

  時間だけは腐る程あり(腐ってるかも)、いろいろなことを考えてます。精神面の贅沢さと肉体面の不自由さは、トレードオフなんでしょうか?

2013年8月18日 (日曜日)

痛いってことは、生きてるってことなんだな

以下は、昨夜、痛みと暑さで眠れないままに、今回手術に踏み切った際にご意見を頂いた知り合いのお医者様へのメールをベースにしてます。いずれ、行動規制がなくなったら、キチンとしたものをあっぷいたします。 ご報告が遅くなりました。FB やTwitterでは、復活していたのですが、、、 なでら男@痛くて眠れない、です。 ちなみに、鎮痛薬は入っております。それでも、重苦しい痛みと言うか、そんな類の居心地の悪さで全然熟睡できません。 そして、昨夜は、猛烈に暑くてとても寝ていられませんで。病院に入院している患者のストレスは病気に関するものだけにしろと言いたい。省エネとかいう思考停止なことをこういう施設に対してやるのはおかしいだろう。

8/14に手術を受けまして、無事に終わりました。予定通り、膵頭部と十二指腸、胆嚢などを切除し、空腸を持ち上げて残膵、胆管、胃を繋ぐというものでした。膵臓、肝臓などを主にやっておられる先生に執刀して頂き、手術自体は4時間ちょっとで終了。前後を入れても6時間ちょっとと言うところです。流石、O澤先生。 術後、身体からは全部で8本のチューブが出ていまして、改めて、厄介な部位だったんだなと理解した次第です。胃切除などの方が大分簡単なようです。 一晩ICUで過ごして、術後二日目から一般病棟の個室に移りました。当初は、麻酔科医の処方した超強力鎮痛薬が脊髄に入っていたので痛みは全く気にならなかったのですが、麻薬も含む鎮痛薬を長くは使えず、これが切れた辺りから、まさに地獄。汗まみれで呻きつつ痛みを堪える状態になり、仕方ないので一般の医師も使える鎮痛薬を脊髄に入れてもらいましたが、効き目は今ひとつでして、、、

で、術後三日目。今時の外科の方針は、早期離床。さあ、歩きましょうって、、、。袋を四つも付けて歩きました。不思議と歩けるものです。初回なので、西病棟を三周で勘弁してやりました。こうすることで内蔵が腹腔内で動き、余計な癒着も起こらず、さらに内臓の動きも良くなるとか。 で、夜はなんとも言えない重苦しい痛みのせいでほとんど眠れず、なんとか、少しだけ状況がいい、ベッドの背もたれを起こした状態でいます。なので、睡眠は細切れ。まあ、昼もやることないのでいいのですが。身体から出ているチューブがなくなるとだいぶん自由度が増すと思われます。それまで、しばしの辛抱と言ったところでしょうか。

それにしても、病院もいろいろと面白いところです。一生分経験した気分です。

1376787517062.jpg   1376787521700.jpg   1376787526704.jpg

2013年8月14日 (水曜日)

入院生活:9日目(手術当日)

 起床は4時過ぎ。手術前夜は,安定剤なども処方されるようだが,多分,眠れないことはないだろうと断った。で,いつものように眠れた(笑)。点滴を流しっ放しなので,夜中に一度トイレに起きたが。トイレに起きてみたら,点滴パックはお代わりされていた(笑)。それにしても,昨日からの絶食と下剤でお腹の中は空っぽで,昨夜の下剤なども効いても,出るものがないのではという状況。

 起きて,ちょいと思い付いて,同じような手術を2年前にしたという方のブログなどを眺めてみた。術後は訳のわからない痛みに結構苦労されていたようだ。傷も完全に治癒して馴染むまでには1年近くも掛かるとか。こりゃ,10月のブルベなんざ,キチガイ沙汰だな(苦笑)。この辺りは個人差もあるからやってみないと何ともいえないけど。

IMG_3114.jpg

 病室の窓からの景色。今朝は最低気温が20℃を下回ったようで朝霧が出ている。暑い,暑いと言っても,やっぱり,秋は直ぐそこに来ているようだ。

 さて,今日からしばらくブログアップは不可能になります。今日は10時過ぎ辺りから手術室に入り,麻酔,手術と続きます。手術の所要時間(切ってから塞ぐまで)は主治医によれば速ければ4時間台,掛かっても6時間程度とか。ですので,大体術前後の時間を含めて8〜9時間とかでしょうか。術式は,胃を温存しての膵頭部十二指腸合併切除,胆嚢も取ります。切除後は,小腸を持ち上げて空腸と残膵を縫合,さらに,胆管,胃と繋いで行きます。模式図も書いてもらいましたが,腹腔内の大工事という感じです。一般病棟に上がってくれば,なんとかアップできるかも知れません。

 それでは,皆様,しばしのお別れです。

2013年8月13日 (火曜日)

入院生活:8日目

 起床は5時。もちろん,2時頃にも一旦目が覚めた。昨夜飲んだ下剤のせいか,腹が張ってガスが溜まったように,..。トイレに行って,ガス抜きして,再び就寝。5時以後はもう眠れず。ウダウダと iPhone の電子書籍を読む。上田秀人氏の「妾屋昼兵衛女帳面」の第2巻読了。流石に,こういう環境だと「積んどいた」本が捗るぜ。

 毎朝,恒例の検温,血圧,血糖値,血中酸素濃度などの測定を終えて,ウダウダと過ごす。明日手術なので今日から絶食。昼頃から点滴ご飯開始らしい。暇なので,また1階まで降りて自販機からコーヒーを買ってきた。次回,この階段を自力で上がれるのはいつなのか。

DSC07947.JPG

 手術の前日ともなると,いろいろと忙しいようだ。

 看護師がやってきて,へそのゴマ取りとお腹の剃毛の儀式を賑々しく執り行う。オリーブオイルをへその穴に溜めて,しばらく馴染ませた後で綿棒で掃除する。へ〜・・・。「あれ?綺麗ですね。いつもへその穴,掃除してます?」って訊かれたが,そんな奴,おらんやろ!!ついで,へその下部分 10cm くらいを剃毛して終了。その後,シャワーを浴びて,部屋に戻ると,手術室の看護師さんが来られて,明日の手術の流れを説明してくれた。そうか,術後は身体から8本くらいの管が出ているのか,..。まず,普通の点滴が2ライン?,動脈への点滴ライン,膵液ドレーン,腹腔内ドレーン,尿道カテーテル,胃液ドレーン,脊髄への痛み止め,..などなど。難儀やなぁ。

 なんでも,ICU に移って,翌日にはベッドを起こすらしい。そして,二日目くらいで床に足を付けて立つ練習,さらに三日目には歩行とか,..。鬼のようなスケジュールを説明されて,痛みに弱いなでら男はそれを聴いただけで鬱になりそうだ。

 その後,点滴ご飯の開始。

IMG_3112.jpg

 この後は,下剤をオイシクいただいて,お腹の中を空っぽにする作業が待っている。

 昼頃からは千客万来(?)だ。まず,麻酔科の医師が来て,いろいろと問診。もう,同じ質問ばかりでウンザリする。情報の共有という概念はないのか?ここでも,問題になるのは「房室ブロック2度」。1度は多いけど,2度はそれほど多くないと。バンコビッツ(ベンコビッツ?)型なのでまだ大丈夫らしい。循環器内科の先生の見立てでは,大丈夫でしょうとのことだったけど,1万人に数人くらいの確率で,..の話が出ると,またかと思ってしまう。そりゃ,確率の話をしたら,自宅に居て旅客機が墜落する確率だってゼロじゃないんだから。もっとも,後で説明されたとかされてないとかの話になると面倒だからだという理由が大半を占めている訳だけど。全身麻酔をかけて開腹する手術に危険が全くないと思う方がおかしい。

 その後は,ICU の看護師登場。段々と面倒臭くなってきた。ここでも,同じ質問の嵐。「前立腺肥大は?」「緑内障と言われたことは?」「食物のアレルギーは?」・・・ノン,ノン,全てノン!!!「不整脈と言われたことは?」「あ,例年です。房室ブロックです」(もう,この応え飽きた)。明日は,夕方術後に ICU に放り込まれ,厳重な監視の下,翌日午前中に ICU を出られるかどうか判断が出され,可能なら午後2時頃に一般病棟に移るとか。ダメならもう一泊とか。

 麻酔科医との面談でちょっと口を滑らして,頚が痛くてロードに数時間乗ると指先が痺れることがありますと言ったものだから,さらに,整形外科の診察を受けることに。頚のレントゲン写真を数枚撮られ,整形外科の医師が病室に訪れて診察というおまけまで付いた。

 そして,説明の途中で下剤を渡され服用。いろいろなことがドンドンと明日の手術室に向って収束して行くなり。午後9時に渡された下剤を飲んで大人しく就寝。

2013年8月12日 (月曜日)

入院生活:7日目

 起床は一遍3時ごろ。取りあえず,トイレに行って,再び寝る。次は5時。腰が痛い。このマットレス,全然合わない。外泊時のマッサージと湿布3枚貼りで大分緩和したのだが,元の木阿弥(泣)。手術自体よりも,手術後に寝ている間,苛まれそうな腰痛を思って憂鬱になる。

hospital.jpg

 ちょいと缶コーヒーを買いに出たときの病棟内の景色。ワザと白黒にして陰鬱な雰囲気を出してみた(笑)。飯豊山が見えないかなと思って,カメラ持参で行くんだけど,朝夕は湿度が高くて全然ダメ。一度くらい,スッキリした姿を見せてくれないかな。

 明後日手術で,今日は午後から主治医からの手術についての説明がある。まあ,心配事といえば,術後の詳細な組織検査(もしもガンだったら,多分数年でアウト),術後合併症(膵液瘻とか),術後の糖代謝の変化などかな。その辺りをちょっと訊いてみたい。明日は朝から絶食,夜からは絶飲食の点滴生活が始まる。で,口にできるのは下剤飲みという素晴らしさ(苦笑)。

 朝の9時過ぎに鼠蹊部の動脈より採血される。若い女医さんが,「じゃ,ズボン脱いで下さい」というので,「あれ?ズボンだけで良いの?」と言ったら笑われた。なんでだ?おかしなこと言ったつもりないのに。痛いのかな?と思ったが,普通の採血よりも痛みは小さい。ちょいと拍子抜け。ただ,5分間結構強く押さえておけとの指示。

電子書籍考:

 ところで,試しに電子書籍なるものを honto で購入して,7冊程が iPhone に入っている。上田秀人の「妾屋昼兵衛女帳面」シリーズが4冊,他3冊。試験的に買ってみたのだが,読むには iPhone で全く問題ない(字の大きさとかいろいろなことが)。でも,やはり,日常的に読むかと言われたら「否」である。慣れの問題かも知れないが,結局,電子書籍は自分の中では特殊環境向けのアイテムでしかないようだ。で,今が,その特殊環境下らしい。夜中に目覚めてしまって寝付けない時とかに iPhone で読む小説はなかなかにのめり込む。灯を点けて他の患者さんの迷惑になることもないのもいい。iPadmini だともっと快適なのかな?そんなことが電子書籍に関する現時点での感想。上田秀人は,1冊読了して,2冊目に突入。

IMG_3107.PNG

珍客:

 あまりにも退屈なので,7階の病室から1階の売店まで,階段を使って,コーヒーなどを買いに行ってみた。そこそこ息が上がり,汗ばんでくる。昼飯後にも,一階まで行った。ちょっと汗ばんだので,シャワーなどを浴びてサッパリしてから部屋に戻ると,おかしな連中が顔を出した。

DSC07944.JPG

 なんで,こいつらがここにいるのか理解に苦しむ。なんでも,最後かも知れないので顔を見に来たとか。揚げ句の果てに,「冷房効いてるし,飯は出るし,ベッドはあるし,シャワーはあるし,いい合宿所ですね。パワーマジックはどこにおいてあるんですか?」なんてことを抜かしやがる。

 その後,家族やら女房のご両親とか,義理の兄一家が見舞いに来たので,珍客二人にはとっととお引き取り願った次第(笑)。

術前ムンテラ:

 3時過ぎに,主治医の小澤先生より術前の説明を女房と長女とともに聴く。なんでも,この手術はこの病院でも年間10〜15例ほどだとか。東北大病院でも年間30〜50例ほどらしい。なかなか多くない症例のようで,優越感(違)。ハッキリとした物言いのお医者様で,嫌いなタイプではない。術後合併症に関しても,詳しい説明をしてくれた。術式は,胃のほとんど全てを温存した膵頭部十二指腸切除。胆嚢なども取ってしまう。で,小腸を持ち上げて,膵臓の残りを繋ぎ,胆管を繋ぎ,さらに胃を繋ぐと,..。理屈ではわかっていたが,やはりかなりの大工事だ。しかし,最初にこの手術方法を考案した人は凄いな(笑)。残りの膵臓との縫合不全,術後の切除組織の病理検査,まあ,それくらいかな心配事は,.。さらに,下手するとインスリン生活になる可能性もある。こりゃ,ブルベ復帰なんて無理かも知れん。ま,切ってみないとわからないけど,本来のサイクルツーリングに戻るいいきっかけになったりして(笑)。

珍客2:

 夕方,えらく久しぶりにお会いする方が,見舞いに訪れた。郡山にお住まいのヒュウヒュウおじさんである。いや,驚いた。ご自分も現在闘病中でありながら,わざわざ来て頂いて,お礼の言葉もない。お互いの病気のこと,自転車のこと,写真のことなど,久しぶりにいろいろな話をした。お互い,大変ですけどなんとか頑張りましょう。そして,来年の桜の花の季節にでも,また矢祭までツーリングして,鮎信で鮎の塩焼きを食いましょう。そのときには,今度はわたしがノンアルコールビールをご馳走させて頂きます。本当にありがとうございました。

【書籍】ロスジェネの逆襲

 半沢直樹シリーズの第3弾。外泊時に本屋で見つけて仕入れた。で,帰院後,読み始めた,..

IMG_3104.jpg

 読了。感想は,..「いや〜,おもしれぇ〜〜・・痛快だ!!バカな組織を,自分に代わって成敗してくれる半沢直樹みたいなのがいたらサイコ〜〜〜!!!」。あくまで,小説の世界なので(笑)。

2013年8月11日 (日曜日)

入院生活:6日目(本日,帰院)

 起床は5時。やっぱり,4〜5時間も眠れば目が覚める身体らしい。腰の方は,昨夜軽くマッサージしてもらって,さらに湿布を貼って寝たせいか,それなりに快復した。朝の体重は 73.5kg とやっぱり,少し減り気味の様子。

 朝は5時台から生き物係。片方しか前足の出ていなかったシロタマは,もう一方の足も出た。どうも,オタマジャクシの場合は,皮下で前足が成長してきて,ある程度の大きさになってから皮膚を破るか何かで外に出てくるようだ。そして,なんでか,緑がかってきているし,..。尻尾は短くなって,透明になってきている。このまま短くなって吸収されるのか?それにしても,このまま緑色になってトノサマガエルになったらどうしよう?(笑)

DSC_3935.jpg

 久しぶりなので,カメラ抱えてママチャリで近所を散策。気持ちいいな。

DSC_3938.jpg

 なんか,田んぼの緑の色も,農薬の散布作業も,全てが夏という感じ。朝から既に暑い。もっとも,午前5時で30℃オーバーの東京には及ばないけど。

DSC_3948.jpg

 ようやく復旧工事も終えて平常運転になった米坂線。よかった,よかった(笑)。

DSC_3949.jpg

 庭の芙蓉も綺麗に咲いている。夏だ。

帰院(再収監?):

 朝はワン公の世話やら,シロタマの世話やらで時間を取られているうちに,段々と気温が高くなって,走りに行くのが億劫になってきた。そんな訳で,..

-------------------

 ローラー40分,18km。勾配負荷3%,ケイデンス 85 - 90rpm で。汗の量が凄い。どうなってるんだ?というほどに流れ落ちる。室温は 30℃近いし,扇風機はなしなので,こんなものなのか,..。ローラー前後の体重,飲んだ水の量から,2リットル近くは汗をかいたように思われる。でも,塩分をほとんど含んでいないようなサラサラの汗で,ここに来て暑熱馴化完成か,..。話は変わるが,酒を止めてから,汗の質が変わってきているように思う。あくまで,「感想」程度ではあるけど。酒をバンバン飲んでいた頃は,変な粘っこい汗も出た。けど,今はサラサラの汗。やっぱり,酒呑んで走るのがおっさんだとか,豪快を気取っても,代謝やら生理などは正直に反応しているということだな。サイクリストなら,毎日の晩酌などもっての外だと言うことらしい(まあ,人によるけどね)。それにしても,これほど暑熱馴化が巧くいった年もない。必要ない年に,これだけ巧く行くとは皮肉なものだ(苦笑)。

------------------

 なかなか汗が引かないので,家を出るのが少々遅れ気味。病院の方で,「あの野郎,手術が嫌で逃げ出しやがった」とか思われるのも嫌なので,オンタイムで帰院したいのだが,..。あら,カメラのキタムラから電話。先だって,鳥海のゴール手前で,「なに」したデジカメ・SONY DSC-TX10,通称・モッサリ君の修理が出来たとのこと。あらら,では,それを受け取ってから帰院しましょうということに。これで30分遅刻確定(笑)。モッサリ君は,外装が新品になっていた。長年使って,擦れて消えてしまっていた文字などもクッキリハッキリ(当たり前だけど)。中身は相変わらず,「モッサリ」だけど。でも,結構写りはいいし,これからも暫く付き合えそうだ。

mossari.jpg

 そんなこんなで,灼熱の中,2時半に帰院。多分,次にここを離れるのは月末辺りかな。でも,最近は外科も,安静にばかりしていると快復遅くなったり,エコノミー症候群になるとかで,「イテテテ・・」という状態で歩かせたりするので,どうなるのか,..。

P1090737.JPG

 どこにいても,辺りを「巣」のようにして,10年も前からそこにいるかの如くにしてしまうというなでら男。

2013年8月10日 (土曜日)

入院生活:5日目(本日,外泊)

 起床は5時。もちろん,2時頃にも一回目を覚ましている。普段から,4〜5時間くらいしか寝てないので,それ以上の時間を寝ることが出来ないようだ。夜は冷房が止まるので,暑くて寝苦しいというのもある。そして,腰が痛い。どうも,このマットレスが身体に合わない感じ。ケツの沈み込みと腰の部分の角度などで微妙に良し悪しがあるらしい。難儀なこっちゃ。

 昨日は秋田北部から岩手北部,青森南部辺りで猛烈な雨が降ったらしい。知り合いの MJ 氏に自宅なども危うかったらしい。それにしても,最近は天候の振幅がやたらに大きいような気がする。したり顔で温暖化云々を口にするつもりは毛頭ないけど,地球レベルでの循環が少しずつ変わってきている印象は受ける。水害に遭った地域の一日も早い復旧をお祈りします。

 朝一で検温やら血糖値測定やら。昨夜飲んだ,あの不味い流動食のせいか,119まで血糖値上昇。案の定である。

 退屈凌ぎに久しぶりにテレビを点けてみれば,NHK の「あの人に会いたい」という番組で,森敦のことを放送していた。話を聴いていたら,なにかの思想に取り憑かれた,頑迷な老人という感じ。こういう爺さんはパスしたい。やっぱり,変わった経歴を持った人は変わった考えを持っているものかね?

P1090720.JPG

P1090722.JPG

 でも,今日帰宅したら「月山」持ってこようかと思った(笑)。

5日振りの娑婆の空気:

 10時半頃に女房と子供が来室。適当に荷物を持って,一泊二日の仮出所(笑)。まずは,昼飯を食おう。

IMG_3097.jpg

 随分と久しぶりに「志づ美」に。そして,随分と久しぶりにラーメンセットを。流石に,腹一杯に。

 家に帰ると早速自転車に乗ろうとしたら,女房と子供の,ワン公の世話があまりにもいい加減だったので,1時間半ほどかかってワン公の世話。抜ける毛は抜いてしまって,毛スキして,さらにシャンプーしてやって,さらに毛スキ。ようやく,さっぱりした。

 そして,ようやく2時半頃に自転車スタート。なにやら,にわか雨に遭いそうな空模様ではあるのだが,まあ,濡れても問題なかろう。走り始めは,なんだか,エネルギーが供給されていないような,おかしな感じが脚にあったので,序盤はユルユルと。それにしても,...

P1090723.JPG

 入院患者のリストバンドを付けたままで,自転車で走っているのは,客観的に観て,やはり,おかしいんじゃないのか,..。

 4時間くらい走ろうかと思っていたが,やっぱり,程々にしておこうと,いつもの2時間コースを走ることに。口田沢から逆沢,東沢,小松,玉庭,R121 という定番コース。暫く走ってみれば,ここ数日の休養状態がよかったらしく,結構踏めるようになった。あ,そういや,出る前に体重を量ったが,たった5日で1キロ以上減っていた。検査期間中,朝飯抜きの1日二食状態が続いたのも理由の一つかな?

P1090724.JPG

 もう,穂が出ているじゃないか。そういえば,このコースを走るのも随分と久しぶりなんじゃないのか?今年は本当に走行距離が少ない。

P1090726.JPG

 これはウバユリかな?

P1090728.JPG

 生活するのは大変だろうけど,なんか見るとホッとした気分にさせられる茅葺きの曲がり屋。

P1090729.JPG

 もう一軒は屋根の葺き替え中。

P1090731.JPG

 湿度の高い夏の午後という感じ。

 2時間ちょっとで 53km ほど走って終了。気持ちよく走れた。夜は激しい雷雨。明日も軽く走ってから,イタリアンでも食ってからベッド生活に戻りたい。

-------------------

 ロード 53km

------------------

2013年8月 9日 (金曜日)

入院生活:4日目

 起床は0時半(隣の方の機材のアラーム音),午前3時(腰がイテェ〜),午前5時(最早,寝てられん),..。隣のおっちゃんの鼾も煩いし,..。それにしても,腹が減ったぜ。検査のために,ここのところ連日朝飯抜き。昼と夜だけだと(間食はゼロ),恐らくは 1200kcal くらいじゃないかな。そんな訳で夕方の血糖値が70台にまで低下する。朝方の血糖値は100前後に復活するけど。血糖値70台は最早ハンガーノックの部類だろう。なにか,あめ玉とか用意しておいた方がいいかも知れないな。でも,面白いな。血糖値測定のための,あの装置,欲しくなった。

 さて,本日が術前検査最終日。胃カメラと,循環器の専門医の診察とか。しかし,房室ブロック(生活する上でなんの障害もないのだが)で手術できませんとかなったりすることあるのか?まあ,全身麻酔だから,重篤な心臓疾患とかなら無理だろうけど,..。はてさて,無事に生きて還れるのかね? このブログを含めて,SNS 関係が,死んでからも残っているのはあまりいい気持ちじゃないので,アカウントとかパスワードとか,どこかに書いて残しておくかな。

 う〜〜〜・・腹減った〜〜〜・・・

 7時半頃に看護師来室。恒例の血糖値測定。

P1090713.JPG

 細い針をバネの力で「パチン」として,指先から血液を一滴絞り出す。

P1090714.JPG

 で,血液にセンサーの先を当てると毛管現象で血液が吸い上げられる。そして,暫くすると数値が表示される。先端のセンサーチップは使い捨て。この装置,いくらくらいするんだろ?まさに,マイクロ化学の勝利だなぁ(笑)。構造やら原理やらが知りたい。おそらく,グルコースを原料にした燃料電池だとは思うけど,..。

 同僚から,詳しい説明が,.。「血糖値センサーは、チップに仕込まれているグルコースオキシダーゼとグルコースが特異的に反応してフェリシアン化カリウムを還元。このフェロシアン化カリウムを電気化学的に酸化することによって生ずる電流を測定しています」とのこと。なるほどね。

 10時過ぎに循環器内科に行けとの指示。そこで医師と面談。2度の房室ブロックだけど,話を聴いたり,超音波やらX線の画像を観るかぎり,心臓に疾患はないので大丈夫でしょうと。一応,最大心拍は 185bpm 程度と言っておいた。

 戻ってきて,11時過ぎになってようやく内視鏡室からお呼びが掛かる。

ディープスロートの憂鬱:

 内視鏡室に行くと,昨日の大腸カメラの時と同じ看護師の方が世話してくれた。なかなかの美人で大変よろしい(笑)。まず,「胃を綺麗にする薬を飲んで下さい」と紙コップを手渡される。発泡剤みたいなものかな?

 次はいよいよもっとも嫌いな,キシロカインシロップを咽の奥に5分間溜め込んでおく苦行。味は気持ち悪いし,次第に咽が痺れてきて違和感増えるし,飲み込むのと貯めておくのとのギリギリのラインにあんなクソ不味い液体を置いておかないといけないのはなんとも納得いかん。もっと,楽な麻酔方法はないのか?誰か工夫してくれよ。カメラが咽を通る時の苦しさも合わせて緩和するなら,もう鎮静剤(麻酔?)で眠らせてくれと言いたい。

 このイントロダクションの苦行の後は,肩口に胃の動きを止めるためのブスコバンの皮下注射を一本。で,いよいよベッドに移動。横向で涎用の受け皿を置いて,マウスピースを銜えさせられる。検査してくれる医師はたまたま主治医の先生。感じとしては,かなり上手と思われるが,それでもオレの咽は異物を受け付けずに一旦退却。死ぬほど苦しいという表現がピッタリだ。結局,2回嘔吐いて3回目にようやく咽を通過。「力を抜いて楽にして下さい」って,この状況じゃ無理だろ!!美人の看護師に肩を優しくトントンされても,力なんぞ抜ける訳もない。いや〜,生きた心地のしない十数分だった。

 ようやく終了した時には涎と涙と鼻水で端正な顔(?)がグチャグチャに,..。出てくると,車椅子に座って順番待ちだったらしいおじいちゃんが,こっちを見てにっこりして,検査室を指さし,それから人さし指二本で「×」を作ってくれた。「おい,若造,おぬし,胃カメラ苦手だろう!?」という雰囲気が伝わってきて,鼻をかみながら苦笑いして,2,3度頷くと,またニッコリ。いい,じいちゃんだ。こんな風に歳を取りたい。

 部屋に戻って暫くしてようやく水と食事解禁。時刻は既に1時頃。やれやれ,これでようやく術前検査コンプリートである。

いよいよ外科に:

 ウトウトしていると,2時過ぎ頃に「**さん,外科に移りますよ」と看護師登場。東病棟から西病棟への引っ越しである。この病院のレイアウトがわかり辛く,エレベータホールを中心にして,東と西でちょうど対象になっているので,ちょっとどこに向っているのかわからなくなる。

okisou_7w.jpg

P1090718.jpg

 これじゃ,ちょっと惚けの入ったようなじいちゃんやばあちゃんは,迷って自室に帰れなくなるんじゃないのか?

IMG_3094.jpg

 早速,看護師が持ってきた「深呼吸の練習器」である。口にホースをくわえて,思いっ切り吸って,この玉3つを全て浮き上がらせて,さらにその状態を3秒維持せよと。試しにやったら,10秒くらい維持できた。必要ないんじゃないかな。

 外科病棟ベッドの新たな拠点を再び「巣」の如くにして,一眺めして悦に入ってから,シャワーを浴びてサッパリ。その後,外科の医師団が回診に訪れる。その雰囲気たるや,まさに白い巨頭かって感じの,体育会系タテ社会の集団で,内科の医師たちとのあまりの雰囲気の違いに思わず笑ってしまった。生憎,主治医のO澤先生はいらっしゃらず,その後しばらくしてお一人でお見えになられた。人伝てに聞くところでは,腕は良いが口が悪いとのことだが,初対面の第一印象では嫌いなタイプではない。いや,むしろ,取り澄ましたようなところが全くなくて付き合いやすいというような印象を受けた。「何分,よろしくお願いいたします」とご挨拶。命預けます。

 明日と明後日の外泊について訊いてみれば,大丈夫だろうとのこと。残務処理と,自転車で思いきり汗を流すのと,最後の晩餐(?)のために,明日は一泊二日で一旦自宅に帰る。さて,いよいよじゃ。

P1090716.JPG

 7階からの眺め。散居住宅?

 夕食になにやらおかしなものが付いてきた。なんじゃ?こりゃ?と飲まずに冷蔵庫に入れておいたのだが,その後現れた看護師に「あれ,飲みました?」と訊かれる。なんでも,術後などに抵抗力が落ちるのを防ぐための働きがあるから飲んで下さいとか。って,これ 200kcal もあるんだけど,..。しかも,飲んでみたら,これがクソ不味い,..。キシロカインシロップに通じる類いの甘さでゲロ吐きそうになった。#飲み慣れると気にならなくなる(笑)。

IMG_3095.jpg

 まあ,まな板の上の鯉なので,飲みましたけど,....。それにしても,こんなの飲んでしまって,明日の朝の血糖値がどうなるか楽しみではある。

2013年8月 8日 (木曜日)

自宅より:シロタマ通信

 今朝自宅より,シロタマの最新画像が送られてきた。

image.jpeg

 下の娘の iPhone 5 での画像で,サイズは小さいし,撮影技術も未熟なので今一つだが,前足が生えたようだ。尻尾もなにか透明になってきたとか。

 なんか,微妙に緑がかってきたみたいに見える。このまま,普通のトノサマガエルになったらどうしよう。そうなったら,...詐欺だ!!

入院生活:番外編

 昨日の午後のこと。シャワーを浴びてマッタリして,ジャズなど聴きつつ,持参の文庫を読みつつ,そこそこのんびりした時間を過ごしていたら,誰かに肩を叩かれた。誰?と思ったら,三十代と思われる,白衣姿のナイスガイのドクターがニコニコと佇んでいた。「脳外科のT屋です」と。先だって,宮城の自転車好きのお医者様を通して,FaceBook で「友達」になった,T屋先生だった(本名でも構わないような気もするが)。

 現在入院中の置賜総合病院には,自転車の愛好者のお医者様が結構いるらしく,何人かはマウンテンバイクのエンデューロレースなどを愉しまれているらしい。昨年,我々のチームが手伝って開催した,天元台での耐久レースにも参加されたとか。そういえば,置賜総合病院のチームがあったっけ。

 当初,ロードに乗られていたらしいのだが,仕事の関係上,近場で楽しめるマウンテンバイクに移行したとのこと。休日といえども,いつ呼び出されるかわからないとのことで,あまり長い時間自転車に乗ることは出来ないとか。そんなこんなで自転車談義やら,医学部の人的繋がりの話題などでつい盛り上がってしまった。

 で,今日はT屋先生の病院内の自転車仲間の先生から友達申請が,.。S道先生,K下先生,よろしくお願いいたします。

 なにやら,妙な縁で広がる自転車の輪。お医者様比率がなにやら高くなってきている(笑)。こういう状況もまた楽しい。

IMG_3091.jpg

 お勉強中!

入院生活:3日目

 起床は2時半。隣のおっちゃんがまた何か体に繋がった管関係でバタバタしたらしく,看護師が二人ほど来て作業。これで目が覚める。もう一回寝て,今度は5時。今日も(娑婆は)暑くなりそうだ。別荘はエアコン効いてて,まずまずの環境。

 6時頃に,今日の検査項目の下部消化管内視鏡検査(いわゆる,大腸カメラ)のための下剤の服用開始。

IMG_3083.jpg

 マグコロールなる下剤を2リットル,9時までの3時間を掛けて飲む作業。これがビールならあっという間に飲み干して見せようほどに。200 cc を15分置きに飲めばいいらしい。レモン風味と書いてはあるが,とてもレモンとは思えない。昨夜も7時頃に下剤を処方されたのだが,それは一向に効き目なく,朝になって一度トイレに行った程度。昨日の MRI 検査時に飲まされた鉄分たっぷりの飲み薬のせいで,ウ○コが黒い。これが何もなくてこの色なら胃からの出血を疑うところだ。

 飲み始めて1時間経過するが,一向にお呼びが掛からぬ。これは一体どうしたことかと,多少多めにセッセと飲んでみても変化なし。医師が,回診に来たので訊いてみれば,1リットル以上入らないと効いて来ないかもと。

 そして,それは突然来た。慌ててトイレに駆け込めば,酷い下痢のときと同じように,尻の穴からオシッコが出るかの如くである。ここまで「噴出」すると逆に爽快である。1.5リットルを超えた辺りからトイレ通いが頻繁になる。それとともに排泄物中に含まれる固形物(我々の専門用語では,SS(suspended solid)と言いますな)は少なくなって行く。

IMG_3084.jpg

 こんなパンフレットのようなものを置いていかれた。5の状態になれば検査可能だそうだ。

IMG_3090.jpg

 完食!!この後もトイレ通いは続き,10時頃には,ついに「5」の状態になった(笑)。

 11時過ぎにお呼びが掛かる。何度か訪れたことのある内視鏡室へ。流石に,写真撮影不可なので,検査の概略を書いておこう。今回の検査項目の中で,これだけがまさに「初体験」なのである。初めての検査で,尻の穴から細長いものを入れられる,..う〜ん,シュールだ!(何が?)

 看護師に,尻の破けた青いパンツを手渡され,「パンツまでお脱ぎ!そして,これに履き替えるんだよ!」と言われる(ウソです。本当は優しくご説明頂きました)。大人しく,部屋着のズボンとパンツを脱いで,尻の部分の避けた青い紙パンツを履く。なぜか,えらく情けない気分になった。更衣室を出ると,ベッドの上に壁の方を向いて寝かされる。尻を突きだすようにして。で,尻っぺたに腸の動きを鈍くさせるとか言う注射を一本。尻に注射されるのは何十年振りだろう?

 医師が現れた。看護師が医師に「初めてだそうです」と意味深な発言。思わず,「優しくして下さい!」と言おうかどうか迷うが,さすがにここで笑いを取るのもどうかと思われ,口から出かかったセリフは唾と一緒に飲み込み,代わりに「お願いします」と。

 医師の指が肛門周囲に乱暴にゼリーのようなものを塗るのを感じる。「じゃ,カメラ入れますよ」との声とともに,なにやら名状しがたい感覚とともにカメラが入ってくる。う〜ん,この感じは,あれだな。ウンコが肛門を通過する時の感覚がず〜〜〜っと続いている感じとでも言おうか。

 折角だから,モニターで己の腸内の様子を眺める。よく,テレビ番組などで観るような映像が映し出されている。

 暫く横向で寝ていたが,やがて仰向きになれと言われる。膝を立てて左に膝に右脚を乗せて組んだ姿勢。空気やら薬剤やらが次々に送り込まれる。段々と腹が張る。「**さん,今,一番奥まで行きました。これから戻りながら撮影して行きます。特に異常は見当たらないですね」と。結局,極く小さなポリープが一つとS字結腸あたりに憩室(だっけ?)とかいうものが少しみられるけど,全く問題ないらしい。終わった後は,尻の辺りがゼリーでベタベタなので,その始末が面倒だった。

 ということで,初体験の大腸カメラは無事に終了した。明日は,胃カメラと循環器の専門医(房室ブロックの件)の診察で術前検査コンプリートである。それと同時に,外科に転科する。

 週末外泊できたら,死ぬほど汗かいてから病院に戻るべ。順調なら,全く身体を動かさない期間は3週間程度か?それなら,なんとかなりそうだけど,...

2013年8月 7日 (水曜日)

入院生活:2日目

 起床は2時半。昨夜は8時頃からウトウトして,9時の消灯後は直ぐに寝た。お陰で,こんな時間に目が覚める。そして,腰が猛烈に痛い。さらに,夜は冷房が切れるのか,えらく暑い。なかなか寝付けず,音楽聴いたり,Twitter 眺めていたら,また寝てしまったようだ。気が付けば5時半。いつもなら,朝の生き物係の仕事にとりかかる時間だが,今日からその仕事は女房に移管(笑)。

 テレビは観るつもりはないのだが,最近ずっと観ている「あまちゃん」だけが観たくて,テレビカードを購入する。これで冷蔵庫も使えるようになる。朝7時前には,カチャカチャと機材の音を響かせて看護師さんが登場して,採尿カップを置き,血液をしこたま採って行った。サンプル瓶7〜8本はあったようだ。多分,ありとあらゆる項目の血液検査なんだろう。

 今日は,腹部超音波検査,負荷心電図,造影MRI(MRCP っていうのかな?)の三項目。なので,朝飯はなし。

IMG_3079.jpg

 8時から「あまちゃん」を観て,それ以後は本を読んで過ごす。今回雑誌から文庫から,20冊ほど持ち込んだので,退屈はしないはず。専門書やら論文のコピーもいくつか持ち込んだが,よほど眠れない時にでもひも解くつもり(笑)。

 9時過ぎにお呼びが掛かる。再び,昨日と同様に1階に赴き,まずは負荷心電図。負荷心電図は,随分前に一度トライアスロンの大会に出るために取ったことがある。昔は,負荷心電図の提出を義務付けられた時代があったのである。あの時は,血圧計やら電極を付けて,トレッドミル上をひたすら走った。最大心拍まで。最大心拍時の血圧は 250 を越えた。えらく苦しかったので,いやだなと思っていたら,目の前に現れたのは,小さな表彰台のような形をした台だった。

 2位と3位の高さを同じにして,高さが25cmくらいの台を機械の信号音に合わせて登って向こう側に降りて方向換えて登って降りる。これを3分間繰り返すらしい。まず,安静時の心電図を取る。昨日取ったじゃね〜か,一遍で終いにしろよ,と思う。で,案の定,検査技師が「不整脈って言われたことあります?」と。脈が頻繁に抜けるらしい。「房室ブロックです」。医師もやって来て「これまで具合が悪かったことはないんですね?」と。心臓を休ませようという,副交感神経が強いとこうした症状が出るらしい。で,階段の上り下りが始まると,房室ブロックの症状は消えた。3分後,今度は安静にして5分間の心電図測定。3分ほどで平常に戻ったらしい。

 次に腹部超音波検査を受ける。一体,何回目だ?でも,考えてみれば,これをやったお陰で病変が見つかったので,この技術には感謝(笑)。で,検査後に,医師がいろいろと説明してくれた。3月にも同じ検査を受けているが,膵管拡張が少し進行しているようだと。超音波像からは悪性所見は見当たらない。どうも,生まれついての副膵管の奇形のような部分もあるようだとのこと。さらに,膵頭部に沢山水疱のようなものが見えると。主膵管も太くなっている。膵管拡張は,流体力学的な抵抗故という説もあるが,それとは別に,これから膵管内壁面になんらかの腫瘍状のものが出来るための準備段階という説もある(流体抵抗が増える前に,管径を大きくしておこうというのか?)とのこと。まあ,考えてみれば,膵管拡張を指摘されたのは,昨年9月の人間ドックなので,あれから1年ほど経過しているのだから,悪性ならかなりヤバイ状況だろうな。病変が認められるのは,膵頭部のみで,膵体部,膵尾部は綺麗だとのこと。そうでないと術後の社会生活に差し支える。

 病室に戻ると MRI 室からお呼びが掛かったと。看護師に点滴ラインを作ってもらって,点滴台をガラガラ言わせて,再び一階へ。呼ばれて入ると,どうも前回は工事中だった最新鋭機の機械らしい。点滴台を磁石に付かない MRI 室専用のものに換えて,いよいよ入室。おお,流石に新しい機械はいいな。トンネル内でのガンガン言う音も以前の機械よりも3割り増し。さすがに,煩くて寝込むまでは行かず。造影剤で気持ち悪くなるかもと思ったが,問題なかった。やはり,オレの体に合わないのは,CT 用のヨウ素系の造影剤なのか?

IMG_3080.jpg

 流石に,造影剤用の点滴針は太い。0.7mm くらいあるんじゃないのか?

 病室に帰って,生理食塩水の点滴パックを最高速度で落として終了。今日の検査項目はコンプリート。昼飯食って,ウダウダ,..。

 診断書が出来たということで,職場の事務室に送る。

 晩飯を食うと最早することもなく,ダラダラと本を読んで,10時頃に就寝。こういう生活もたまにはいいかも知れん。

2013年8月 6日 (火曜日)

重さと運動と天気08/06/13【入院初日:明日からタイトル変わります】

 起床は0時半。昨夜は8時台に背中を押してもらっているうちに寝落ち。その後,読みかけの本に嵌まって朝を迎えた。朝の体重は 74.1kg と少し萎む。そして,今朝も雨。梅雨明け?どこが?もうね,明日から一ヶ月の間,降り続けばいいんだ!

 朝は例によって生き物係。明日からは,この業務ともおさらばだぜ(笑)。

本日より収監でござる:

P1090702.jpg

「今日,入院するとしても,私は今日,ローラーを踏む」by なでら男

-------------------

 朝飯後にローラー53分,25km。勾配負荷3%,ケイデンス 85 - 93rpm で。

------------------

 午前中は,書類書いたり,荷物作ったり,メールで持ち込まれる小仕事をこなしたり,...そしてローラー踏んだり。

 午後1時頃に,もしかすると最後になるかも知れないので,「カッペリーニ」に行って食事。

P1090706.JPG

 その後は,職場経由で荷物をいくつか取ってから,一路「置賜総合病院」へ。

P1090707.JPG

 また来たぜ。世話になるぜ。

入院生活1日目:

 受付をして,病棟へ。今年の3月の ERCP での入院以来だ。で,看護師に案内されたのは,あの時と同じ病室だった(笑)。なんか,勝手知ったるという感じ。なんでも,担当医は本日3件の ERCP が入っていて,いわゆるムンテラは午後6時半からだとか。時間があり過ぎるので,女房にはまた来てもらうことにする。

 こちらは本日分の検査。術前検査のスケジュールは,下記の通り。

本日:入院,心電図,胸部および腹部X線撮影,肺機能検査,心臓超音波エコー

明日:血液および尿検査,負荷心電図検査,腹部超音波検査,MRI 検査

明後日:下部消化管内視鏡検査(いわゆる,尻の穴から腸カメラ)

明明後日:上部消化管内視鏡検査(いわゆる,口からの胃カメラ)

これが術前検査の全てらしい。で,オプション的に朝晩の採血が加わるらしい。何日かは朝飯抜きの検査になりそうだ。そして,いよいよ開腹の儀は,8/14らしい。でも,9日に検査が終わって,4日ほど空き時間がある。これは無駄な時間だなぁ。抜け出して,自転車乗っていたらぶっ飛ばされるのかな。一旦,退院したいけど,保険やら何やらの関係で面倒だから,ずっと入院していろと女房は言うんだけど,..。

 前回は,4人部屋に二人しかおらず,さらに,一人は連日のように別室にドナドナされていなくなったので,4人部屋を個室の如く使うという贅沢が許されたのだが,今回は満室状態。さてさて,如何様な入院生活に相成るやら。

 まず,病院パジャマに着替えて,一階へ。心電図を取り,心臓の超音波エコー検査。心電図に関しては,これまで何十回となく取っていて,さらにどんな不具合が出るかも知っているので,検査技師がデータを眺めて怪訝な表情を浮かべたのは無視。心臓超音波検査は二度目。もう,面白みはない。そして,胸部と腹部のX線撮影は誰もが経験あるだろうから説明は割愛。肺機能検査は,人間ドックでやる肺活量検査のちょっと詳しいバージョン。なぜか,検査技師のテンションが高くて,ちょっと引き気味。「いいですかぁ〜〜〜・・私が『はいっ!!』と言ったら,思い切り『フゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜・・・・』と吐き出して下さい」とまるで某元テニスプレーヤの如きテンション。引くわ〜〜・・。

 で,無事に初日が終わり,夕方6時半過ぎに再び女房が来て,主治医にこれからの検査やらの説明を聴き,同意書にサインして終了。

【書籍】オレたち花のバブル組

 午前0時過ぎに寝落ちから覚醒して,そこから読み耽って読了。感想は,またしても,「痛快!」の一言。

IMG_3073.jpg

 第3弾は,まだ文庫になっていなかったかな,...。

2013年8月 5日 (月曜日)

【ブルベ】山岳ルートの走行タイムについて

 ブルベでは,平均時速 15km というスピードを基準にして,各 PC でのクローズ時間が決められる。山岳コースの場合,例えば,ピークに PC が設けられたとすると,そこまでの登りをひたすら 15km/h 前後(平均で 15km/h になるように)の速度で走る必要がある。これは,コースによっては,きわめて厳しい。例えば,宇都宮山岳ブルベの最初になった 2009BRM809宇都宮200 では,滝ケ原峠やいろは坂をひたすら登っての戦場ケ原での PC1 でタイムアップになった参加者が結構いたらしい。そのせいか,翌年(2010年)の夏の山岳二連戦では,金精峠を下った折り返し点に PC が設けられた。つまり,下りで平均スピードを上げることでタイムアウトを防ごうという趣旨である(と理解している)。なにしろ,下りは平均で 50km/h オーバーで下ることができた。

 と,まあ,前振りはこのくらいにして本題に入ろう。総距離は 200km,獲得標高差 4000m のコースを想定する。峠の数を4つとして,一つの登りは標高差 1000m で,平均 6% と考える。登り口からピークまでは 16.7km ほどになる。つまり,一つの峠を登って降れば,33.4km 進むことになる。峠は4つだから,133.6km で,平地部分は3ヶ所であるから,一つの平地区間は 22.1km となる。この状況で,平地部分の走行スピードを平均 24km/h ,下りのスピードは平均 40km/h として,登りのスピードをどの程度に維持できれば,平均速度で 17km/h(まあ,アクシデント対処などの余裕を考えて)を維持できるのか? 計算してみると,ほぼ 9.1km/h を維持できれば,平均時速 17km/h で完走タイムは 11.8 hr となる。峠を下り切ったところ,あるいは次の峠の登り口に PC があれば,ギリギリ制限時間には間に合う。

 次に,登り勾配だけを 8% にしてみよう。このとき各峠の登りの距離は 12.5km となる。したがって,平地部分は 27.73km である。このコースを平均時速 17km/h で走破するための峠までの登り区間で維持すべきスピードは,予想外の 7.5km/h である。これで完走タイムは 11.8 hr である。

 さらに,登りだけの勾配を 10% にしてみよう。勾配 10% で標高差 1000m を4本と言えば,拷問に近いヒルクライムである。が,この場合も平均 17km/h を維持するための登りのスピードは 6.4km/h まで低下する。10% 勾配を 10km のヒルクライムでも,この程度のスピードであればなんとかなるのではないか?もちろん問題は PC の場所である。平地区間の終り辺りにあって,下りと平地でそこそこ頑張らないとタイムアウトになる可能性は高いのだが。

 こんな感じでいろいろな場合を想定して計算してみると,よほどSに凝り固まった人間が引くルート以外であれば,(常識的な勾配の)登りで 8 〜10km/h 程度のスピードが維持できれば,如何に山岳ブルベとは言え,完走はそう難しくないということになる。もちろん,あくまで机上の空論の域を出ないし,何本登ってもスピードが落ちないタフさを持ち,PC の位置が良心的という前提に基づいた話だが。でも,こんな風に考えれば,走行計画なども立てやすくなるかも知れない。

 計算違いということもあるので,鵜呑みにはしないように(笑)。

BRM720宇都宮(宮城)600kmのコース

 先だって,宇都宮のスタッフとして PC3&7(宮城では,PC2&8?)のセブンイレブン猪苗代若宮店に詰めておられた,HEIZO さんのブログで,なにやら怪しげな内容が目に付いた。曰く「今回の 600km のコースの猪苗代以北のコースは,なでら男の発案,...」と宇都宮のS藤前代表が言ったとか,言わないとか。

 う〜む,たしかに,寒河江折り返しのコースになった一昨年(2011年)のコースやら,昨年のコースには,福島県から山形県に入ってからのルートについて,そこそこの意見具申をした覚えはある。しかし,宇都宮の「のどう(農道)様」に意見を申し上げるまでもなく,既にあらゆる広域農道は精査されて組み込まれていたので,コースの設計はあくまで「のどう様」である。そして,今回のスカイラインでの浄土平越えに関しては,言った覚えがないが..。

map201309.jpg

 このコース,八の字を描くとさらに面白くなりそうではある,..。さらに,白布を越えずに桜峠を喜多方に下り,山都から新たに通った林道を中津川に抜けると,...

 と,ここまで書いて,うん?そういや,昨年の 600km が終わった時点で,twitterで,面白半分に(寒河江からの)帰りは大峠なんて通らずに,鳩峰峠,スカイライン,レークラインとか越えてPC7 の若宮店に入れば,累積標高で +1500m じゃね?なんてことを口走ったような記憶もないこともないことに気付いた。う〜ん,あれが「のどう様」をインスパイアしてしまって,オレがコース発案というコメントに至ったものか,..。

 もう,いっそのこと,獲得標高を1万メートルくらいにして,「SR600南東北」兼「BRM宇都宮600」とかどうですかね?長老湖から遠刈田,エコーラインとかを越えると直ぐに届きそうだけど,..。

重さと運動と天気08/05/13

 起床は4時半。眠い。でも,まあ,老い先短いかも知れないので,活動開始。朝の体重は 74.6kg と高値安定横這い状態。今日は午後から天気が崩れるとか。

 朝は生き物係。シロタマ,早く成長しろよ!

----------------

 朝飯後にローラー33分,15km。勾配負荷3%,ケイデンス 80 - 90rpm で。

-----------------

 明日からの長期休暇に備えての残務処理。なんか,忘れていることがありそうな,..。夕方は早めに帰宅。

IMG_3072.jpg

 林泉寺の墓地には,お盆のお墓参り用の灯のための電線が設置されていた。米沢ではなぜか夕方から夜に墓参りをするらしく,お盆前には,お墓に電線が張り巡らされる。夏の日中が暑いのが理由なのかな?

ききょうやさんのこと

 あれは 2008 年だったか,2009 年だったか,..。5月の晴れた休日に,グランフォンド飯豊のコースを試走していた時に,同じコースを走っていた一人のサイクリストと知り合った。子持トンネルへの登りを走っていると,前方に一人のサイクリスト発見。あまり社交的ではないので,「こんにちわ!」と挨拶して追い抜いて,そのまま先に進もうとしたら,「チーム・ホシの***さんですか?」と声を掛けられた。「はい」と応えると,「ブログ見てます」と。

 そんな訳で,並走しつつ,いろいろと話をした。お住まいは喜多方だという。グランフォンド飯豊に参加予定で,完走に不安があるので,コースの下身を兼ねて,試走に来たとか。で,なんだかんだと四方山話をしながら,R121 までご一緒した次第。このときに「ききょうや」というハンドルネームを伺った。

 これを機にブログなどでボチボチやり取りが始まった。その後,グランフォンド飯豊に参加してもらったり,宇都宮のブルベでご一緒したり(生憎,当方はこの時には気付かず),ちゃりけん氏の「GF福島」でご一緒したり,「チームまげでらんに」の震災の年の「滝桜ツーリング」,一昨年の秋の金澤峠など,何回かサイクリングをご一緒した。スカイバレーのヒルクライムに参加したききょうやさんを応援したこともあった。いつの間にやら,ききょうやさんには,「まげでらんに会津支部長」という肩書きが付いていた。

 自転車以外でも,ききょうやさんは,拙ブログのあまり一般受けしない書籍関連のエントリーなどにも,その豊富な読書量と知識をベースに食いついてくれて,いろいろと教わることが多かった。彼のブログをきっかけに読んだ本も多い。

 そんな彼のブログで,なにやら病気療養中らしいことを知ったのは,昨年の初夏頃だったか。文面からは病状が楽観できない状態であるような印象を受けたが,さすがに,「ご病気はなんですか?」とは訊けなかった。たまたま,昨年の鳥海ヒルクライムに参加した際に,まげでらんにの方にききょうやさんのご病気のことを伺った。以来,なんとかいい方に向ってくれることを祈っていた。短期間の入退院を繰り返していたようだったが,彼のブログからは,決して良くはないものの,小康状態の印象を受けていたので,自分自身の身体の方が一段落したら,見舞いに伺おうかと思っていた。

 7月12日にも彼のブログにコメントを書き込み,その返信コメントが書き込まれていた。そして,7月17日の朝,まげでらんにのメンバーから,ききょうやさんが昨夜亡くなられたとの衝撃の連絡が入った。突然のことで言葉もなかった。残されたご家族,そして本人の無念さはいかばかりかと想像すると,やり切れない思いで一杯になった。抗えない,どうにもならない大きな力なのか,...。

 通夜と告別式には,お伺いすることは出来なかった。そして,一昨日,ようやくご自宅に焼香に伺うことが出来た。奥様とお嬢様にお話を伺い,知らなかった彼の家庭人としての一面を知ることが出来た。こちらはご家族が知らない自転車人としての姿などを(それほど多く一緒に走ったことはないのだが)お話した。彼の読んでいた書籍の山,乗っていた自転車もなんだか寂しそうだった。

 彼のことをブログに書いていいのかどうか迷ったが,生きることと自転車に乗ることを真剣に考えた人がいたことを,そして彼について自分の考えたことを,記録に留めておきたいと思った次第である。

 ききょうやさん,安らかに。

2013年8月 4日 (日曜日)

重さと運動と天気08/04/13

 起床は6時。4時に目覚めての二度寝の結果。久しぶりに朝日で室内が明るい。ようやく,梅雨が明けたか。朝の体重は 74.6kg と昨夜の暴飲暴食が数値となって現れる。今日は久しぶりに実家に行く。明後日から入院するので,年老いた両親と今生の別れである(笑)。お盆には来れないので,墓参りもする。自転車移動を考えたが,朝の生き物係の仕事を終えて,久しぶりに広がった青空と浮かぶ雲を見ていたら,なんだか,自転車に乗るのが面倒になってきた。

DSC_3904.jpg

 なにしろ,昨日雨の中を走ったために,シューズが乾いていない。昨日使ったシューズは,ツーリング用の SPD シューズでゴアテックス仕様。が,外から水が入ってこないということは,中に入った水が抜けないということであり,昨日は水の入ったゴム長でペダリングしているような最悪の気分だった。何度かストップして,ソックスを絞り,少しだけマシな状態にしてまた走りだすということを繰り返したのである。で,それがまだ全然乾いていない。

DSC_3906.jpg

 違うシューズを使うことになると,ペダルを交換する必要があり,その手順を頭の中にイメージしただけで億劫になった。長々と書いたが,要するに,昨日結構走ったので,走行欲がほぼ満たされた状態であり,取り立てて,暑い中走らなくてもいいなといったところだった(笑)。そんな訳で車移動で9時過ぎに出発。

 途中,目に付いたところに立ち寄りながら11時頃に実家着。仙台から来る長男を大河原駅まで迎えに出る。久しぶりに子供たちの顔を親父とお袋に見せることが出来た。ま,これで今日の目的はほぼ終了なんだけど。連中は親父に小遣い貰ってご満悦。

DSC_3909.jpg

 懐かしい「梅干し」。これをすることが,どういう意味があるのかいまだにわからないけど。

DSC_3910.jpg

 実家前の坂道。気分に合わせてモノクロにしてみた。子供の頃は,もっと長くて,急な坂道だった(主観的に)。親父の病気のこととか,自分自身の身体のこととか,そんないろいろな事柄が,妙に昔を思い出させる。これも加齢のなせる業か。

 昼にお袋,女房,子供たちは町に買い物に出かけて,オレと親父はのど自慢など眺めつつ,ゴロゴロしていたら,突如,縦揺れの微震動が「ゴゴゴゴゴゴ・・・」と始まった。当初,なんだこれ?という感じだったが,やがて,あ,地震か!と。震度は4弱くらいかな。久しぶりにこのクラスの地震を体験。気持ちのいいものではない。この地震のお陰で列車が止まり,帰仙時に長男がバタバタした次第。

 昼飯後は墓参りに。墓を磨いて,お茶,線香上げた。

DSC_3916.jpg

 うむ,周囲の墓に比べれば,雑草なしだし,ピカピカだ。満足なり。

DSC_3917.jpg

 高蔵寺のカヤの古木。昔,この樹の下で拾ったカヤの実を乾かして,爺さんとか親父が食べていたのを覚えている。食わせてもらったが,取り立てて旨い物でもなかった。今食えば,また感想は変わるのだろうか?

DSC_3918.jpg

 実家の近くのハス。今年は花の数も少ないし,なにやらしょぼい。

 しばらく,実家に来れないので,髪を切ってもらう。3時過ぎになって,遅れは出ているもののようやく東北本線の列車が動き出したらしいとの情報を得て,大河原駅に長男を降ろしてから帰米。

2013年8月 3日 (土曜日)

重さと運動と天気08/03/13

 起床は5時半。外を伺うと天気よくない。う〜ん,今日は先日亡くなった知り合いのご自宅に焼香に伺うのだが,どうも空模様が怪しい。今日辺りから晴れる予報だったが,.。朝の体重は 74.4kg と高値安定。

 取り合えず,朝の生き物係。

DSC_3899.jpg

 今朝も,(ヨタヨタと)走りましたよ(笑)。最近,少しだけ元気になった様子。

DSC_3900.jpg

 庭の芙蓉も咲いた。

切ないなぁ,..:

 9時少し前にロードに跨がり,ザックを背負って喜多方に向けて出発。雲は多いものの,予報を信じて(結局,裏切られたが)。大峠トンネルを越えたら,路面はハードウェット。ついさっきまで降っていたらしい。まあ,ここだけだろうという思いは下るにつれて裏切られる。喜多方の市街地に近付いた頃は足下ビショビショ。2時間弱でききょうやさん宅に到着。奥様と上のお嬢様に迎えられる。御骨はご実家で,こちらには遺影だけだった。焼香して手を合わせて,改めて,早過ぎる死にやるせない思いが込み上げる。奥様,お嬢様は努めて明るく振舞っておられたが,言葉の端々ににじむ無念の思いがどうにも辛い。

 お伺いする前に,何を持って行こうかと考えて,これまでききょうやさんとご一緒したサイクリングで撮った彼の写真を HDD から掘り出して,プリントアウトした7〜8枚をお持ちした。こんなもの迷惑かも知れないなぁと思ったが,ききょうやさんが自転車に乗っている写真がほとんどなかったと,思いの外喜んで頂けてホッとした。お墓の場所も伺ったので,機会があれば自転車でお墓参りに行こうかと考えている。小一時間ほども想い出話をして,お昼ちょっと前に辞去した。

 帰りは,ききょうやさんがよく朝練で登っていた R459 を桧原湖に向う。途中から,雨が降っていた。ききょうやさんの涙雨か。こんな気分のときには雨もいい。さらに,車通りの少ない旧道で山の中を走る道ならなおさらいい。大塩温泉から旧米澤街道に入る。雨は本降りに近くなる。大塩峠,蘭峠を越えて雨の桧原湖に降りる。そのままノンストップでスカイバレーへ。スカイバレーはなぜか小雨。米沢に下ってくると,曇ってはいるものの雨は降っていなかった。3時過ぎに自宅着。

P1090683.JPG

 大塩峠のヤマユリ

 走行距離は 106km だった。

チーム・ホシ,ビアパーティ:

 後始末をして,4時半頃に自転車仲間との納涼ビアパーティに出かける。バカ話に楽しい時間を過ごした。加藤さんの,グランフォンドピナレロのイタリア珍道中に笑い,教育費やら家のローンの現実に泣いた(?)一時だった(笑)。10時半頃に帰宅。

IMG_3069.jpg

2013年8月 2日 (金曜日)

第52回米沢納涼水上花火大会【水上花火,山から見れば,...】

 米沢には,「納涼水上花火大会」なる摩訶不思議なイベントがある。お濠の上の船から打上げるらしい。「らしい」というのは,今まで観たことがないから。でも,既に今年で52回目らしい。ほぼ半世紀も続くイベントだとのこと。噂では,えらく込み合うとのことだったので,当初から行くつもりはなかった。

 で,夕方から街に用達に出かけて,晩飯も食って帰ってみれば8時過ぎ。7時半頃から花火がスタートしてたようで,多分9時前には終わるだろう。ちょっと考えて,山に登ってみることにした。車で地蔵園から登り,山小屋のところから眺めると,まあ,なんとか見える。

 ということで,20分ほど蚊に食われながらの撮影と相成った。題して,「水上花火,山から見れば,...」。

DSC_3861.jpg

DSC_3863.jpg

DSC_3866.jpg  

DSC_3874.jpg

DSC_3876.jpg

DSC_3884.jpg  

DSC_3888.jpg

DSC_3891.jpg

 普通の花火大会は河原とか開けた場所で行われるが,これは上杉神社のお濠から打上げられる。住宅地なので,当然高さ制限があるらしく,派手な高さには上がらない。なので,夜景とのコラボもどっちが主役かわからない様子になる。ほんのちょっと星も写ってくれたかな。条件さえ良ければ,星と夜景と花火のコラボも可能かも知れない。

備忘録:撮影データは,おおよそ 200mm 前後,f = 6.3, 1~2s, ISO200

重さと運動と天気08/02/13

 起床は4時少し前。昨夜は何か眠くて10時には寝てしまった。目覚めたので,読みかけの本を読了。外を伺うとまた降ったようだ。幸い,雨が上がって,青空も覗き始めている。なんでも,山形県は7月の一月で20日,雨が降ったとか。日照時間は平年の3割程度だったらしい。農作物の出来が少々心配ではある。それにしても,この降雨率の中での,先日のブルベの二日間の晴れはただ事ではない。シャーマンの霊力をぶっ飛ばす,オレの晴れ男っぷりに恐れ入れ!(違:笑)。

 朝は生き物係。なんか,段々と飽きてきたぞ(笑)。

P1090668.JPG

 今日も(ヨタヨタと)ボール拾いで遊びました〜〜。

-------------------

 朝飯後にローラー42分,20km。勾配負荷3%,ケイデンス 85 - 95 rpm で。

-------------------

無謀とわかっていても,...:

 やってみなきゃわからんチャレンジがそこにはある。それが生きてるってことだ。BRM1012宮城300kmにエントリーしてみた。DNS, DNF 覚悟である。

なでら男 様

 この度は、スポーツエントリーをご利用頂き、誠にありがとうございます。

【受付番号】304931
【イベント名】2013 BRM(ランドヌール宮城)
【種 目】BRM1012宮城300km【AJ会員】
【エントリー者(代表者)】なでら 男

 術後約2ヶ月,退院後恐らく1ヶ月,..日常生活にも何らかの支障が出ているかも知れない状況だけど,でも,初めてのブルベのような心細さ,ドキドキ感が堪らん。これで退院後,直ぐにローラーに跨がるモチベーションが出来た。

【書籍】オレたちバブル入行組

 4時前に起きてしまって,そのまま読み進めて読了。

IMG_3055.jpg

 感想はたった一言(二言?),「いや〜・・面白い!痛快!」。池井戸氏は外れがないなぁ。

 ところで,こんなマイナーエントリーに乗って来てくれる人が,今はいなくなっちゃったのが寂しい。

2013年8月 1日 (木曜日)

重さと運動と天気08/01/13

 起床は5時前。いよいよ,今日から8月。昨夜から今朝にかけて愛宕山に登ると,千回登った御利益があるとか言うことなので,どれ,朝活は,愛宕の山登りかなと思っていたが,雨は上がっているものの気分的に盛り上がりに欠ける天気で,結局パス。某所で,山頂の様子などの写真を見たが,ウジャウジャと人がいて,オレが一番嫌いな状況を作りだしていたので,行かなくてよかったというのが感想。来年,機会があれば,深夜に山登りを決行してみたい。そして,他の人達が登ってくる前に,テレビ塔の方に避難する。よし,これで行こう! 

 朝の体重は 74.3kg と寝落ちしてローラー踏めなかった事態を反映。

P1090658.JPG

 相も変わらずのどんより空,...夏は来ない。朝は毎度の生き物係。

オールスポーツコミュニティ:

 先日の矢島カップの画像が公開された。なぜか,ゴール前の画像はなし。デジカメで撮影してやろうという悪巧みのせいなのか?タイムトライアルの方は,ゴール前 500m ほどの画像があった。多分,距離的に,身体が一番きつい辺りである。転載禁止というから少ししたら削除しようと思うが,フォームはそれほど悪くはないように思う。これで遅いのは,絶対的な出力不足 and/or パワーウェイトレシオが低いためと結論できる。あるいは,空力特性が悪い(前面投影面積がでか過ぎる)とか?(爆)

ore5.jpg

 いずれにしろ,身体を一周り萎ませないと12分台はどうにもならんということのようだ。上半身の無駄な筋肉を落とすにはどうしたらいいんだろ?

------------------

 朝飯後にローラー43分,20km。勾配負荷3%,ケイデンス 85 - 95rpm で。30分過ぎに灼熱感で気分が悪くなった。なので,そこから扇風機をオン。

------------------

シロタマ:

 なかなか前足が出ない,..。こりゃ,白いカエルを見るのは無理かも。

shirotama8012.jpg

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »