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2013年5月 1日 (水曜日)

【習作】上杉神社の夜桜,その2

 いろいろと試してみたいことがあったので,昨夜またしても三脚とカメラ担いで,自転車ぶっ飛ばして上杉神社に向った。

 で,今考えていることは,「写真って,どこまでが写真なんだろう?」という,何の役にも立たない七面倒臭い問題(笑)。

 下の2枚を比較してもらおう。全てクリックで拡大する。

DSC_0522_ogn.JPG

DSC_0522.jpg

Nikon D3200, 26mm, f = 9, 2.0 s, ISO 800

 どちらも同じデータからである。最近は,撮影時に,JPEG と RAW の2形式でデータを記録している。上が,その素の JPEG データ。下は,RAW データを Lightroom 4 で現像したものである。まるで別物である。逆に言えば,下の写真に見られるように,かなりの微弱な光まで CCD は捕えているということになる。デジタル画像なら,さらに異なる色味を付けることも可能である。

 さて,ここで問題。いわゆる「写真」の定義とはなんだろうか?どこからどこまでを「写真」と表現していいのか?

 もう一枚,観て頂こう。

DSC_0534_ogn.JPG

DSC_0534.jpg

 Nikon D3200, 18mm, f = 9, 3 s, ISO 800

 これも同様に,上が撮ったままの何も手を加えていない JPEG データで,下が RAW データを現像して JPEG として書き出したもの。目で観た感じは,2枚とも下の写真の方が近い。人間の目はかなりのところまで光を捕えることができる。

 現在のデジタル機器による「写真」と,昔の銀塩フィルム時代の「写真」とは,同じ言葉で表現していても,全く別物ではないのかと思う今日この頃。デジタル時代の写真は,写真と言うよりも絵画などと同じような,撮影者の「作品」であり,CCD が捕えたデータを元にして,撮影者が風景や事物に対して感じたものを如何に表現するのかということではなかろうか。銀塩フォルム時代もモノクロームなどは,現像したネガを焼き付ける際に,「覆い焼き」などの手法で,明暗やコントラストを変化させたりした。あるいは,現像時の増感現像なども行った。これらが,今はいわゆる RAW データの PC 上での現像作業に相当するのかも知れない。これからは,銀塩写真の時代を全く経験したことののないプロカメラマンが現れるだろうが,彼らが「写真」というものについて考えていることについて訊いてみたいものだ。

 将来的には,デジカメにタブレットが繋がれた状態で撮影して,タブレット上に表示された画像の現像を,その場で実際の風景を観ながら行うというような時代が来そうだ。デジカメデータが下書きで,タブレットがイーゼルに掛けた絵画,風景を観ながら細かな色味の調整をするのが撮影者なんて時代が来そうだ。

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コメント

とても綺麗に撮れていますね。二組の写真、わたしには上の方が幻想的に見えます。下の写真は一見華やかに見えますが逆に現実的。難しいことは分かりませんが、レンズを通して得たものが写真なら、どのようにいじくりまわしてもやっぱり写真だと思います。土木建築現場の記録写真ならいじっては困りますが、芸術としての写真なら作者の感性で、自分の意図した表現により近づけるために手を加えられることは、当然写真芸術の範疇だと思っています。ディジタルの時代になって面白いことになってきましたね。

koji さん

コメント,ありがとうございます。そうなんですよね。
デジタル機材を使った絵画という捉え方をすれば,自由度は高そうです。気楽に楽しもうと思います。

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